「mement mori」を超えて2017年12月16日 11:27

 日本版MOOC「gacco」の講座「mement mori」は既にサービスの提供を終了したので、提出した最終レポートをFacebookに上げておく。課題は「授業内容に触発されたところから、現代日本の死の状況を扱った問題を自由に設定し、題名を書いた上で論じなさい」というものだった。
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「mement mori」を超えて
 白川静氏の「常用字解」によれば、「死」という漢字は「死者の胸から上の残骨の形」で、「古くは死体を一時的に草むらに棄て、風化して残骨となったとき、その骨を拾ってほうむることを葬(ほうむる)とい」い、拝み弔ったという。また「禍」という漢字は、「神を祭るときに使う机」を示す偏(へん)と「人の上半身の残骨」に「祝詞を入れる器」が組み合わさった旁(つくり)によってできている。
 そこには、寿命による“死”を含め、必ず訪れる生物としての多様な終末に際して、古代から祈り弔う習慣があったことがうかがわれる。それは、人間に自己意識が生まれる前から、突然訪れる隣人の変容に対して集団がとってきた行動でもある。動物としての生存本能だけではなく、集団の一部を構成していた者がいなくなったことに何らかの関心を向けることそのものが、人間同士の感覚の共有を強めていったのではないだろうか。
 そうした葬祭は、社会が成熟し政治経済のシステムが発達したことで大きく変わっていった。形式化した儀礼は権威の象徴ともなり、人々の集団への帰属を促した。一方で富の偏重がもたらす社会の階層化で現世に寄る辺のない人々は、来世での救いを求めて何らかの信仰を求めるようになった。その時、感覚の共有行為として“声”による祈りも行われたことだろう。死者に向けて語る言葉は、それを共に聴く人があって初めて成り立ったと考える。
 伝統芸能のひとつである「能」が650年も続いた理由の一つに「初心」という世阿弥の言葉があるが、折あるごとに古い自己を断ち切り、新たな自己として生まれ変わらなければならない」とする再生のしくみは、夢幻能となって死者のよみがえりを現した。隠れた天照大神が再び現れる古代神話にもつながる神事の先にそれはある。
 “死”を想うときに、一人の営為でありながら、どこかで他者と繋がる回路を求める心性が働くことを感じることがある。一つの“禍”で亡くなった人へ共通に向ける想いや、時を隔て顔も知らぬ故人へ寄せる関心など、具体的な人間関係の延長線上に人はいつも多くの“死”を見つめてきた。それを支えてきた習俗そのものの喪失が人間を孤立化しているのだとしたら、何かしら新しい再生の道を探すことが、現代の私たち日本人にとって重要な問題だろう。
 4週にわたり受講して死を取り巻く日本の状況を概観することができた。“死”そのものは最終的に個人に帰着しながらも社会集団の中に“祈り”をもたらしている。それは本来、権力やシステムによって祀られるものではなく、失った者を介して再び繋がり合う個人がいてこそ、本当の“死”となるのではないだろうか。「臨床宗教師」というグリーフケアの専門職が必要であることは理解できるが、同時に、人々の間に“宗教”を超えた連帯を生み出す繋がりを創り出すファシリテーターのような存在も望まれる。「悼む人」は“禍”だけでなく“死”にも寄り添うべきである。
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