見えない責任2019年02月11日 19:27

一ヶ月ぶりに東海道線を西へ向かった。今回は大磯。先月熱海を訪ねたせいか、とても近く感じる。保養地の雰囲気が少しだけ残る駅前を出て、観光案内所で係員と少し雑談したら、本数は少ないが朝の通勤で座れるという話が出た。山側は少しずつ変わっているのかもしれない。
 さて、目的地は駅から歩いて2分という大磯町立図書館。ここで開かれる催しに参加するためだ。少し早く着いたので2階の開架書庫をのぞくと、大磯という土地ならではの個人寄贈書と郷土資料が並ぶコーナーがあった。この日、大きな会議室で開かれたのは、原発から自然エネルギーへの電源事業転換を進める地元の社団法人「大磯エネシフト」が主催した上映会とミニ講座のイベントである。
 映画は「モルゲン、明日」というドキュメンタリー。2011年6月、福島の原発事故を受け、それまで推進してきた政策を見直し、2022年までに全ての原発を廃炉とすることへ舵を切ったドイツ。その政策転換を促したのは、1960年代末の学生運動から続く地道な市民の取り組みだった。戦後ドイツの出発点から自然エネルギー先進地の声まで、政治や環境問題を中心に彼らが“明日”を切り開いていった体験を取材したものである。
 ミニ講座は前出の「大磯エネシフト」の理事が担当した。イベントに先立って映画を観たメンバーはそこから三つのキーワードを見いだし、「教育」・「市民運動とメディア」の二つに分けて、各15分ほどの話にまとめた。実際の順番とは前後逆になるが、「市民運動とメディア」を担当した石川旺上智大名誉教授は、安保闘争時の七社共同宣言にみられる翼賛的な姿勢や、反原発運動など長期に継続される運動が一般市民に知らされていないこと。また、SEALDsなど新しい政治運動の取り上げ方がメディアによって大きな違いがあることなどを話した。
 一方、「教育」を担当したのがドイツ文学翻訳家の山村ゆみ子さん。ドイツでは高校の歴史教科書の半分近くを現代史が占め、ヒットラー独裁下の時代で何が起きたかをしっかり教えている。実際、映画の取材へ応じた人の中には、過去の歴史に“正対”し、その“負”の部分を引き受けることを自分たちの世代の責任と考える人もいる。しかし、最初からそうだったわけではないことが示される。戦後まもない頃は政権中枢にナチスの残党もいたし、人々はみな戦争を語ることを忌避した。ユダヤ人虐殺についても論争があった。60年代のアウシュビッツ裁判などを経て、政治に関与しないのは間違いだとわかるまで何年もかかった。そしてドイツ国民が民主主義者になるまでには、“さらに”多くの時間がかかった。自分で考え行動することが社会への責任であるという考えが根付いたからこそ、間違いを認める政治家も育ち、脱原発への政策転換も実現したと言える。
 映画に出てきた人々は皆“個人”としての責任で発言しており、そこには匿名での非難や追従は一切なかった。ネットを含めたメディアに載る無責任な発言を、当たり前のように受け止める現状そのものが、政治を始めとする社会やシステムの劣化につながっている。私がテレビを観なくなっていった理由の一つに、“大御所”だとかに祭り上げられているテレビ芸人の政治的な放言がある。本当に必要なことは自分で探さなければ見つからない。そのことを教えてくれた一人が今回の講師でもある山村さんだった。旧姓高田さん。30年にわたりドイツで100万部を超えるロングセラーとなったグードルン・パウゼヴァング『みえない雲』(原題は“雲”)の翻訳者である。30数年ぶりに再会して新たなエネルギーをもらった。