“美しい世間”に生きづらい若者たち2020年11月14日 14:53

ある種の習慣のようになっている韓国ドラマの視聴だが、時々観てみたいと思う番組が一つもないという時期がある。そんな時は、手当たり次第に第1話だけ収録しては試しに観てみるのだが、この番組も始めはそういう一つだった。邦題は『凍てついた愛』。「『パラサイト半地下の家族』のセレブ妻役チョ・ヨジョンが挑む、身も凍るサスペンス」が番宣の文句である。その少し前、8月末頃まで続けて観ていたドラマが終わり、その後に面白そうな作品が見つかっていたら、おそらく録画することはなかっただろう。邦題と番組HPの写真を見ればドロドロの愛憎劇としか思えないからだ。
 元々の番組名は『美しい世間』(아름다운 세상)という。これは反語である。ある学校で起きた男生徒の屋上からの“落下”事件をきっかけに、生徒たちとその家族、学校、警察関係者が、次々と巻き込まれる中で、それぞれ、どのような態度をとり行動するのかを丹念に描いたドラマだ。韓国ならではの家族、友人、学校における人間関係、それらが“美しい世間”の中で揺さぶられる。毎回タイトルバックに出るのは主要な二組の両親だけだが、周りを囲む多くの出演者のキャスティングが見事で、脚本にリアリティを与えている。
 話の内容は明かさないが、一つだけ特徴的なことがあるので紹介する。それは、繰り返し出てくる一冊の本のことだ。『The Catcher in the Rye(호밀밭의 파수꾼)』。J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』である。世界中の若者が読んだといわれるアメリカ文学の傑作だ。日本では、白水社から野崎孝の翻訳でロングセラーとなり、後に村上春樹が新訳を出している。通常翻訳本には付きものの訳者解説がこの作品にはない。原著者サリンジャーが許さないからである。戦後まもない頃のアメリカ社会の特徴的な背景について知ることなしに、テキストそのものに向かい合うことを著者は望んでいるのだろう。
 ドラマが、“美しい世間”で身勝手に振る舞う大人たちに振り回される子どもたちの声を、小説の主人公ホールデンに託して訴えているのかどうかはわからないが、物語は無事に終わっても、この社会の本質的な部分は少しも変わらないというメッセージとも取れる。
 “本”に関連して補足を付け加えれば、落下した男生徒が図書館で読んでいたのはハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン』で、いじめられ自殺しかけた女生徒の愛読書は『星の王子さま』だった。彼は彼女にこう言う。「自殺(자살)の逆は生きろ(살자)だ」。
 ここまで、第20回を終わったところで書き終えて、本日残り2回分をまとめて録画視聴した。大人が日記帳だと思っていた男生徒のノートには本人の好きな詩が写されたいて、エンディングに流れた。チョン・ホスン(정호승)の「希望を紡ぐ人になれ」という作品だった。いずれどこかで、元々の題名に直して再放送してもらいたいと思う。