プロパガンダの優しい装い2016年12月09日 21:21


 12月8日と言えば太平洋戦争開戦の日だ。後年、嘘にまみれる大本営発表のラジオ放送の中で、ほぼ事実と大差ないものとして繰り返し使われてきたのが、この開戦時の臨時ニュースだ。信時潔作曲の「海ゆかば」で始まり「軍艦マーチ」で終わる放送は、真珠湾だけにおさまらず、上海・シンガポールほか太平洋各地での戦果を伝えている。朝鮮半島の植民地化、満州での傀儡政権樹立、中国への侵攻の果てに始まったこの戦争で、さらなる膨大な数の死者を生み出した。その出発点にあたる。

 昨日、東京新聞の1面で断続的に続いてる「戦える国に変質 言わねばならないこと」というコラムに、近現代史家の辻田真佐憲氏の寄稿が載った。マスコミのチェック機能が麻痺し、批判しにくい風潮の中で起きた原発事故にも通じる問題として、“大本営発表”が70年近く経っても教訓として生かされないままなのかと…。そして、政治と報道の一体化を防ぐためにも歴史の暗部を共有したいと述べていた。

 実は、その辻田氏と、戦前のプロパガンダについて造詣の深い早川タダノリ氏の二人による「愛国プロパガンダ大博覧会」という催しが、昨日新宿で開かれた。観客はわずかに20名弱だったがとても面白いイベントで、当初2時間を予定していたものが30分も延びて、終わったのは22時近くだった。満州事変、日中戦争、太平洋戦争と三つに区分した時代のプロパガンダの実例が、音楽(辻田氏)とビジュアル(早川氏)でそれぞれ詳しく紹介された。

 それは、今から見れば荒唐無稽と思われるものがほとんどなのだが、歌謡曲や雑誌など、いずれも日常生活の中に深く入り込む文化的な装いをこらしている。しかも、戦争末期の国家統制が一段と強くなった時期でさえも、政権の意向に迎合する以上に、それを発行することで利益をあげる情報消費財として作られた、“楽しい”プロパガンダだったことが良く分かる。

 今で言えば、それはテレビであり、ネットやスマホアプリに相当するだろう。

 もちろん、ねじれた消費欲を煽る一方で、国による統制は着実に広がった。最近似たような言葉もよく聞く“国民精神総動員”など、国による国民の管理が戦争協力への第一歩となった。

 ここでもう一つ昨日の話だが、総務省のホームページに次のような報道資料が載った。

 「行政機関等の保有する個人情報の適正かつ効果的な活用による新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するための関係法律の整備に関する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令案に関する意見募集」

 いわば、新しい国による管理の始まりを示すものだと私には思えるのだが、これが、いつかと同じことへの第一歩にならないよう祈るばかりだ。

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