汚される場面2018年08月29日 13:25

 ドラマの映像技術という番組制作の現場で仕事をしていたことがある。朝の連続テレビ小説「おしん」から、水曜ドラマ「おじさん改造講座」まで、ほぼ15年にわたる現役生活(?)だった。その間、ドラマ人間模様というシリーズや単発のスペシャルドラマにも多く関わったが、たった一つだけ担当していないものがある。NHKという放送局の看板番組の一つである大河ドラマだ。複数の演出家との仕事が個々に続くと、1年を超えるような長丁場のチームには入れないし、その長期に拘束されること自体がいやで逃げてばかりいた。朝ドラの最初の1年で懲りたせいもある。
 だから、大河ドラマに関しては、入局前から退職後もずっと変わらず一視聴者に過ぎないし、どちらかといえば関心が湧かず観ない方が多かったのも事実だ。それでも、幕末から明治を舞台とするシリーズはところどころで通して観た。古くは「花神」や「獅子の時代」。新しいところでは「新撰組」・「篤姫」・「八重の桜」など。その中で最も印象に残っているのは「篤姫」だ。女優宮崎あおいの目を瞠る演技に驚かされたこともあったが、何より全編を通して時代に生きる人の“役割”を考えさせる台詞が散りばめられていたからだ。
 それは、初回冒頭のナレーションにも良く表されている。「幕末から明治へ、この国が未曾有の大変革に向けて激しく荒々しく揺れ動いた季節。その季節を真っ直ぐにひた向きに生きた一人の女性がいました。南国の日差しに包まれ、桜島に見守られながら育った彼女は、後に江戸の町を戦火から救うことになります。その人の名は…篤姫」。
 このドラマの中に、番組を象徴する重要な台詞が繰り返し語られる印象的な場面があって、いつもその背景には“薩摩”の桜島が噴煙を上げていた。それは、生涯“役割”を考え続けた主人公や、“激しく荒々し”い時代に生きた人々それぞれのエネルギーを感じさせる演出でもあっただろう。現在放送されている「西郷どん」でも、鹿児島が舞台とあれば当然のように桜島を背景にしたロケーションは行われているはずだ。そのドラマの演出を総裁選立候補の表明に使うという“三文芝居”のようなことが行われ、NHKは特別番組を組んで中継したという。
 詳細は知らない。いや知ろうとも思わない。ただ、NHKの“NEWS WEB”とやらで確認したに過ぎないが、ドラマ番組に関わってきた映像技術者として言わせてもらえば、そこに映っているものは、ただの悪い冗談にしか見えない。