若き詩人の物語 ― 2025年04月11日 17:07
昨年暮に横浜港の船劇場で観たメキシコの人形劇について、この記事欄に書き残した文章を演出・実演した二人のご当人に感想としてメールで送ったところ、過日その返信がありました。
メキシコの児童向け人形劇作家モニカ・ホスさんとその弟子にあたる高橋彩子さんにとって、日本での公演はとても記憶に残る旅になったようで、演目の『Ema』という大人向けに書き起こされた脚本が、「形式的な類似性を超えた“死の世界観”」を描いているという私の感想は的を射たものだったようです。
艀(はしけ)の中の空間という閉ざされた場所でありながら、打ち寄せる波の揺れが「ゆらぎ」を作り、何かの「あはひ」を劇空間に持ち込んでいるような気がしたのは、演者にとっても特別なことだったのでしょう。
終演後の話の中だったかどうか忘れてしまったのですが、ホスさんがパブロ・ネルーダに関心を持っていると語っていたことが頭に残っていて、年明けに妙蓮寺の本屋・生活綴方で『夢見る人』という詩人の若き頃を描いた児童文学を見つけ読了しました。
どんなものにも強いまなざしを向けて、それらを自らの想像の世界にはばたかせながら言葉にすることを覚えた詩人は、後に世界中で読まれる詩を数多く書きました。そこには、声によって伝わる「ゆらぎ」や「あはひ」で人々がつながり、何気ない日常を“見つめ直す力”があったのかもしれません。
メキシコの児童向け人形劇作家モニカ・ホスさんとその弟子にあたる高橋彩子さんにとって、日本での公演はとても記憶に残る旅になったようで、演目の『Ema』という大人向けに書き起こされた脚本が、「形式的な類似性を超えた“死の世界観”」を描いているという私の感想は的を射たものだったようです。
艀(はしけ)の中の空間という閉ざされた場所でありながら、打ち寄せる波の揺れが「ゆらぎ」を作り、何かの「あはひ」を劇空間に持ち込んでいるような気がしたのは、演者にとっても特別なことだったのでしょう。
終演後の話の中だったかどうか忘れてしまったのですが、ホスさんがパブロ・ネルーダに関心を持っていると語っていたことが頭に残っていて、年明けに妙蓮寺の本屋・生活綴方で『夢見る人』という詩人の若き頃を描いた児童文学を見つけ読了しました。
どんなものにも強いまなざしを向けて、それらを自らの想像の世界にはばたかせながら言葉にすることを覚えた詩人は、後に世界中で読まれる詩を数多く書きました。そこには、声によって伝わる「ゆらぎ」や「あはひ」で人々がつながり、何気ない日常を“見つめ直す力”があったのかもしれません。
暗雲垂れ込める桜吹雪 ― 2025年04月12日 17:09
今週の中頃、鶴見川の土手の桜は満開を過ぎ、風に吹かれて落ちた花びらが遊歩道に模様を作っていました。平日の午後で訪れる人も少なく、桜の方も手持ち無沙汰なのか、雪に見立てるほどの散り具合を見せてくれることはありませんでしたが、一方で、怪しげな風景に出会いました。
スマホの天気予報では降雨の可能性はなく、日差しも暖かそうなので散歩に出たきたわけですが、比較的近くに大きな黒雲が広がっています。
このところ、明日にも何か大変なことが起きるというわけでもないのに、少しずつ不穏な空気が社会に蔓延していくのを感じながら、いつもと同じ日常に慣れてしまっている。そのことをあらためて思い起こしました。
久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ(紀友則;古今和歌集)
スマホの天気予報では降雨の可能性はなく、日差しも暖かそうなので散歩に出たきたわけですが、比較的近くに大きな黒雲が広がっています。
このところ、明日にも何か大変なことが起きるというわけでもないのに、少しずつ不穏な空気が社会に蔓延していくのを感じながら、いつもと同じ日常に慣れてしまっている。そのことをあらためて思い起こしました。
久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ(紀友則;古今和歌集)
反DEIにならないスポーツの世界 ― 2025年04月15日 17:12
第二次トランプ政権が、“反DEI(Diversity,Equity,Inclusion)”を掲げて政府や軍の中枢から直近の移民まで大幅な粛清を行なっている様子が、多くのメディアから報じられています。
その一方で、NHKがおそらく膨大な放送権料(100億を超える?)を払ってBSで毎日のように放送しているMLBでは、大谷翔平選手をはじめ、多様な人々が現在も活躍を続けています。もちろん、ラテンアメリカやアジア系など多くの移民がそこには在籍しているはずなのですが、NBAやNFL,NHL,PGAなど巨大な収益が見込めるアメリカのプロスポーツ全体に視野を広げても、“彼ら”は“反DEI”の例外として扱われているようです。
莫大な経済効果があるものならば、幼稚な偏狭思想からも平気で埒外に置くところは、もはや「銭ゲバ」の比どころではありませんが、そうした現実への懐疑がほとんど起きてこない異常さに、もうすっかり慣れてしまいました。
留学生の日本語学習を支援するボランティアを始めてから、まもなく10年になりますが、情報需要を含む消費経済とほとんど縁の無い(つまり何の利害関係にもない)世界にいるうちに、この世界が「金儲け」という単一の物差しでしか測られない下衆な社会にいつのまにか変貌していることにあらためて驚きます。
その一方で、NHKがおそらく膨大な放送権料(100億を超える?)を払ってBSで毎日のように放送しているMLBでは、大谷翔平選手をはじめ、多様な人々が現在も活躍を続けています。もちろん、ラテンアメリカやアジア系など多くの移民がそこには在籍しているはずなのですが、NBAやNFL,NHL,PGAなど巨大な収益が見込めるアメリカのプロスポーツ全体に視野を広げても、“彼ら”は“反DEI”の例外として扱われているようです。
莫大な経済効果があるものならば、幼稚な偏狭思想からも平気で埒外に置くところは、もはや「銭ゲバ」の比どころではありませんが、そうした現実への懐疑がほとんど起きてこない異常さに、もうすっかり慣れてしまいました。
留学生の日本語学習を支援するボランティアを始めてから、まもなく10年になりますが、情報需要を含む消費経済とほとんど縁の無い(つまり何の利害関係にもない)世界にいるうちに、この世界が「金儲け」という単一の物差しでしか測られない下衆な社会にいつのまにか変貌していることにあらためて驚きます。
古典文学の橋渡し人 ― 2025年04月23日 17:13
新緑で囲まれた山手の丘を久しぶりに訪ねました。県立近代文学館で開かれている「大岡信」の特別展を観るためです。少し暑いぐらいの平日の昼前でしたが、丘の上は人も少なく、快い風が吹き抜けます。
ちょうど、これから日本語学習者と一緒に読んでいこうと考えて選書していた中の一冊に、彼がまとめた『折々のうた 三六五日』も含まれていて、新聞連載当時は購読していたことを懐かしく思い出します。「言葉を生きる、言葉を生かす」という副題どおり、生涯にわたって様々な言葉の創作と批評に関わった全体像が、今回の展示会で確認できました。
なかでもやはり、古典文学を今に伝える「橋渡し」の仕事に目を見張ります。本格的な詩歌論を書く一方、素人にもわかりやすく解説する手腕には驚かされるばかりです。展示館の外にある本館1階の閲覧室では、多くの著書を直に手にすることができるので、1時間ばかり、あれこれと斜め読みしてみましたが、フランスで行われた日本文学の講義をまとめた『日本の詩歌』(岩波文庫)が出色です。
日本社会で使われる言葉の“質”が急激に劣悪化していく中で、日本語を学ぼうとする外国人学習者と一緒に、この国に残る豊かな言語文化を引き続き学んでいきたいと思います。
ちょうど、これから日本語学習者と一緒に読んでいこうと考えて選書していた中の一冊に、彼がまとめた『折々のうた 三六五日』も含まれていて、新聞連載当時は購読していたことを懐かしく思い出します。「言葉を生きる、言葉を生かす」という副題どおり、生涯にわたって様々な言葉の創作と批評に関わった全体像が、今回の展示会で確認できました。
なかでもやはり、古典文学を今に伝える「橋渡し」の仕事に目を見張ります。本格的な詩歌論を書く一方、素人にもわかりやすく解説する手腕には驚かされるばかりです。展示館の外にある本館1階の閲覧室では、多くの著書を直に手にすることができるので、1時間ばかり、あれこれと斜め読みしてみましたが、フランスで行われた日本文学の講義をまとめた『日本の詩歌』(岩波文庫)が出色です。
日本社会で使われる言葉の“質”が急激に劣悪化していく中で、日本語を学ぼうとする外国人学習者と一緒に、この国に残る豊かな言語文化を引き続き学んでいきたいと思います。
自由人の死 ― 2025年04月24日 17:17
大河ドラマ『べらぼう』で平賀源内が獄死しました。ドラマでは田沼意次の失脚を画策する一橋公の陰謀のように暗示されていますが、いずれにしても自由人である源内“先生”の死は、蔦重の此の先に暗い影が差し始めた先触れを意味しているように見えます。
杉田玄白が墓碑銘に記した「非常の人」は、世間の物差しに合わず、“異端”者として社会から放逐されたようなものですが、権威や常識にとらわれないその行動が、特定の人を“貶める”ものではなかったところにこそ、いつまでも記憶に残る理由があったのでしょう。
半世紀も前ですが、私が就職先を決めるにあたって一番大きな影響を受けたのは、工業高校の3年時に観た『天下御免』です。平賀源内を主人公にしたドラマは、剣豪やヒロインやらが入り混じった破天荒な時代劇で、東京のゴミ戦争を江戸に置き換えたパロディなど、機知に溢れた秀作でした。
その源内を演じた山口崇氏が今月18日に亡くなったと新聞が報じています。『天下御免』の数年後、小沢昭一さんが率いた「芸能座」の舞台でも活躍した姿が印象的で、88歳の長寿で亡くなったことがイメージできないのですが、同時に、何かしら戦後の自由な時代がこれでいよいよ終わったような心持ちにもなりました。そして、それは、この国の人々が選んできた(あるいは“選んでこなかった”)結果であることを痛切に感じます。
杉田玄白が墓碑銘に記した「非常の人」は、世間の物差しに合わず、“異端”者として社会から放逐されたようなものですが、権威や常識にとらわれないその行動が、特定の人を“貶める”ものではなかったところにこそ、いつまでも記憶に残る理由があったのでしょう。
半世紀も前ですが、私が就職先を決めるにあたって一番大きな影響を受けたのは、工業高校の3年時に観た『天下御免』です。平賀源内を主人公にしたドラマは、剣豪やヒロインやらが入り混じった破天荒な時代劇で、東京のゴミ戦争を江戸に置き換えたパロディなど、機知に溢れた秀作でした。
その源内を演じた山口崇氏が今月18日に亡くなったと新聞が報じています。『天下御免』の数年後、小沢昭一さんが率いた「芸能座」の舞台でも活躍した姿が印象的で、88歳の長寿で亡くなったことがイメージできないのですが、同時に、何かしら戦後の自由な時代がこれでいよいよ終わったような心持ちにもなりました。そして、それは、この国の人々が選んできた(あるいは“選んでこなかった”)結果であることを痛切に感じます。