広がる文化交流 ― 2025年12月25日 18:11
留学生との交流をきっかけに関心が生まれた日本の伝統文化の一つに和歌がありました。駒込の六義園に象徴されるような歌枕の存在から、想像の世界を広げる見立ての妙へと興味が広がり、小さなWeb講座を受講したり、関連書籍の読書を通じて知識を深め、外国人の日本語学習支援のボランティア活動の中に数年前から少しずつ採り入れてきたものです。それが、ここにきて、世相がだんだん危なくなってきたこともあり、日本を離れるかもしれない学習者に向け、帰国後も日本語の面白さを覚えておいてもらおうと考えて、和歌を知る小さな集まりをZoomで始めました。
地元の日本語教室で担当している学習者は、現時点であまり関心がないようなのですが、同じ曜日に通って来る留学生や、昨年度皆勤で中級からN1合格まで進んだ努力家などに加え、以前NPOで学習支援後に帰国した留学生らが聴いてくれて、これまでの3回、いずれもメンバー構成が異なる3名ずつ参加しています。
実は、このミニ講座を初めた直後の10月に国内で発足した新政権の首相が、無分別な答弁で日中の文化交流に悪影響を与えたものですから、今後どうなるかと少し心配していたのですが、VPN等を利用して引き続きアクセスしてくれる参加者もあり、来年以降も続けてみることにしました。
採り上げる和歌の背景など、素人なりにいろいろ調べてみると、渡来の文化から大きな影響を受けていることが今まで以上に良くわかります。流入してきた文物を習合しながら、四季を巡る様々な情景を巧みな言葉の表現に移し替えるという営為そのものが、精神的な高みを目指していたようにも感じます。それだけに、著しく劣化した情報受容の中で、ほんの一時だけ、世の喧騒を忘れる時間を共有できたらという思いがあるのです。
そして、外国人の日本語学習者が好む「一期一会」の機会を少しでも充実したものにしていくことが、ひいてはこの国が戦後目指してきた国際協調の精神にわずかでも与するものになればと考えるからです。ちなみに、参加者には中国人も“台湾”人も入っています。
地元の日本語教室で担当している学習者は、現時点であまり関心がないようなのですが、同じ曜日に通って来る留学生や、昨年度皆勤で中級からN1合格まで進んだ努力家などに加え、以前NPOで学習支援後に帰国した留学生らが聴いてくれて、これまでの3回、いずれもメンバー構成が異なる3名ずつ参加しています。
実は、このミニ講座を初めた直後の10月に国内で発足した新政権の首相が、無分別な答弁で日中の文化交流に悪影響を与えたものですから、今後どうなるかと少し心配していたのですが、VPN等を利用して引き続きアクセスしてくれる参加者もあり、来年以降も続けてみることにしました。
採り上げる和歌の背景など、素人なりにいろいろ調べてみると、渡来の文化から大きな影響を受けていることが今まで以上に良くわかります。流入してきた文物を習合しながら、四季を巡る様々な情景を巧みな言葉の表現に移し替えるという営為そのものが、精神的な高みを目指していたようにも感じます。それだけに、著しく劣化した情報受容の中で、ほんの一時だけ、世の喧騒を忘れる時間を共有できたらという思いがあるのです。
そして、外国人の日本語学習者が好む「一期一会」の機会を少しでも充実したものにしていくことが、ひいてはこの国が戦後目指してきた国際協調の精神にわずかでも与するものになればと考えるからです。ちなみに、参加者には中国人も“台湾”人も入っています。
日中の橋懸かり ― 2025年11月16日 18:01
外国人の日本語学習支援の一環として、先月から季節の和歌を紹介する小さな小さなWeb“講座”を始めました。毎回テーマを決め、古今和歌集を中心にその題材にふさわしい5,6首の和歌を探しては、関連する情報と一緒に紹介するというものです。どちらかと言えば理系の仕事に携わってきた人間なので、古典の専門的な知識は全く持ち合わせておらず、作歌の経験もありません。当然のことながら、自分の勉強が9割ぐらいを占めているのが実状です。
あえていえば、退職後よく聴きにいくようになった様々な伝統芸能にも含まれる、「見立て」という日本文化の特徴的な美意識に惹かれるところがあって、その表現の多くを和歌から感じてみたいという意識が強くなりました。NPOの文化祭で行った音読や、地元の日本語教室で行った「七五調」紹介の延長線上にもあります。
元々のきっかけは、学習支援を担当していた留学生と一緒に、様々な日本文化を知る機会があったことです。その留学生が今回、中国から参加してくれました。帰国してからも時々メールのやり取りやZoomで話したりはしていますが、この度の一政治家の“度し難い”発言で外交関係が急速に悪化する中での参加でした。この記事をアップしようとした矢先に、中国教育省が「日本留学は慎重に」というコメントを出したそうです。
今後どうなるかは予断を許しませんが、細々と日中の交流を続けていこうと考えています。
あえていえば、退職後よく聴きにいくようになった様々な伝統芸能にも含まれる、「見立て」という日本文化の特徴的な美意識に惹かれるところがあって、その表現の多くを和歌から感じてみたいという意識が強くなりました。NPOの文化祭で行った音読や、地元の日本語教室で行った「七五調」紹介の延長線上にもあります。
元々のきっかけは、学習支援を担当していた留学生と一緒に、様々な日本文化を知る機会があったことです。その留学生が今回、中国から参加してくれました。帰国してからも時々メールのやり取りやZoomで話したりはしていますが、この度の一政治家の“度し難い”発言で外交関係が急速に悪化する中での参加でした。この記事をアップしようとした矢先に、中国教育省が「日本留学は慎重に」というコメントを出したそうです。
今後どうなるかは予断を許しませんが、細々と日中の交流を続けていこうと考えています。
見立てと七五調 ― 2025年10月24日 17:55
日本語を学ぶ外国人に和歌を紹介する機会をオンラインで作りたいと思い始めたのは、今から5年ぐらい前のことです。ちょうど、コロナ禍の最中でした。論文チェックから、日本語の幅広いレッスンを経て、様々な文化行事にも一緒に参加した留学生と、歌枕で知られる駒込の六義園を訪ねてみたいと考えていた頃です。
その後、能楽師のWeb講座を聴いたり、和歌の関連本を読んだりしているうちに、「見立て」や「掛け詞」のような豊饒な言語文化に加え、失われつつある四季の感覚、今に繋がる伝統芸能や、関連する多くのサブカルチャーなどを気にかけるようになりました。
専門的な勉強などしたこともない一介のボランティアだからこそ、「日本文化のごった煮」のような紹介ができるのではないかと思いながらも、まずは、その前段として「七五調」と呼ばれる短詩型の由来を調べ始めました。それは、『声に出して読む日本語』をブックオフで買いあさっては担当留学生一人一人に進呈してきたことの延長線上でもあります。
その後、「日本語のリズム」に関するワークショップを二度開き、その過程で、今度はいろいろな伝統芸能を聴き続けてきた経験が繋がります。型や、調子や、障りなど、芸能たらしめるための様々な仕掛けは、日本語という母語だからこそ生まれてきたものであって、今でも多種の語り芸を日常的に聴く事ができるという得難い環境もまた、この国ならではの貴重な宝と言って差し支えないでしょう。
手術後の合併症がすこしずつ良化し、古稀を迎えたこの時期が、この国の不思議な文化の一端を“帰国”後も覚えていて欲しいという以前からの目論見を実現する、最後のタイミングのように思えました。それだけ、強い危機感を覚えています。
彼女ら日本語学習者にとっては、何より、そうした歴史文化遺産に触れる事もなく、ただ威張りたいだけの日本人と接するような機会ばかりが増える可能性が高くなりました。本当の意味での「自虐」が蔓延し、自壊が進むこの国で、公金を私(わたくし)する為政者と、幇間のように支えるSNSやメディアが跋扈しています。
そうした喧騒から、一時でも離れてみる機会を作れたら本望です。
その後、能楽師のWeb講座を聴いたり、和歌の関連本を読んだりしているうちに、「見立て」や「掛け詞」のような豊饒な言語文化に加え、失われつつある四季の感覚、今に繋がる伝統芸能や、関連する多くのサブカルチャーなどを気にかけるようになりました。
専門的な勉強などしたこともない一介のボランティアだからこそ、「日本文化のごった煮」のような紹介ができるのではないかと思いながらも、まずは、その前段として「七五調」と呼ばれる短詩型の由来を調べ始めました。それは、『声に出して読む日本語』をブックオフで買いあさっては担当留学生一人一人に進呈してきたことの延長線上でもあります。
その後、「日本語のリズム」に関するワークショップを二度開き、その過程で、今度はいろいろな伝統芸能を聴き続けてきた経験が繋がります。型や、調子や、障りなど、芸能たらしめるための様々な仕掛けは、日本語という母語だからこそ生まれてきたものであって、今でも多種の語り芸を日常的に聴く事ができるという得難い環境もまた、この国ならではの貴重な宝と言って差し支えないでしょう。
手術後の合併症がすこしずつ良化し、古稀を迎えたこの時期が、この国の不思議な文化の一端を“帰国”後も覚えていて欲しいという以前からの目論見を実現する、最後のタイミングのように思えました。それだけ、強い危機感を覚えています。
彼女ら日本語学習者にとっては、何より、そうした歴史文化遺産に触れる事もなく、ただ威張りたいだけの日本人と接するような機会ばかりが増える可能性が高くなりました。本当の意味での「自虐」が蔓延し、自壊が進むこの国で、公金を私(わたくし)する為政者と、幇間のように支えるSNSやメディアが跋扈しています。
そうした喧騒から、一時でも離れてみる機会を作れたら本望です。
外国人と学ぶ和歌 ― 2025年10月19日 17:48
古稀を過ぎてから、いろいろと忙しくなっています。先々週の土曜日は帰国して上海に住む元留学生とZoom。先週の日曜日は地元の国際交流ラウンジの「ワクワクまつり」で担当学習者の日本語スピーチをアテンド。水曜日はNPOに新入会した中国の留学生と発話のレッスン。木曜の夜はいつもの日本語教室で3人を相手に学習支援。そして本日の午前中は、七五調の簡単な紹介と、“外国人向け”の「和歌を知る小さな集まり」の第1回。全く別の参加者3人を相手のオンライン勉強会です。テーマは“秋の虫”、古今和歌集や源氏物語などの古典、虫に関わる日本の文化などを簡単に紹介しました。QRコードのないチラシを作り、メールで申し込んだ人だけにZoomのURLを教えるという“小さな”あつまりです。30分の解説と短いフリートークで伝えられるものはごくわずかですが、その内容の数々が、生成AIではなく、生身の一個人の頭の中で繋がっていることはちょっと特別です。引き続き参加の希望がありましたのでこれを続けます。次回は“紅葉”の予定です。
多彩な比喩と多様な解釈 ― 2024年08月12日 16:23
昨日、夏休みのオンライン補習の2回目を開きました。「氷男」の読解の続きです。採り上げるきっかけになったのが文学国語の教科書なので、そこには「学習の手引き」なる問題文も追加されているのですが、教科書編者の問題意識とは関係のない読み方(つまり自ら問いを立てること自体)にこそ、小説を読む醍醐味はあると考えています。
そこで、1回目は不思議な対象、社会的に見えない存在としての“氷男”そのものに焦点を当てましたが、2回目はその特徴について少し掘り下げてみることにしました。
学習者から「氷男」はいきなり大人になったようだという感想がありました。とても面白い指摘です。主人公の“私”のことは遠い昔の話まで知っているとあるのに、「氷男」自身は過去を持たないという。想像を拡げれば、“私”の過去を知り得るのは面前にいる人間の記憶を辿る“能力”が「氷男」にはあるからでしょう。氷結している心の奥を溶かして見通す力でしょうか。そして、身体的に深い他者との体験が人の中に記憶を深く刻みつけていくものならば、「氷男」にそれが無いのは、そうした体験を持つことなく絶対的な孤独の内に生きてきたからだとも言えます。皆外出して閑散としているスキー場ホテルのロビーや冷凍倉庫はそうした彼の過去を象徴しているのかもしれません。
他にも「南極」にまつわる様々な感想や意見などが出ましたが、次々に出てくる比喩の数々によって人それぞれに自由な解釈が生まれるところは、この短い小説の大きな魅力だと感じます。まさしく、それが世界中で読まれる理由の一つなのでしょう。
久しぶりにいろいろと読み直していますが、今は手元に『レキシントンの幽霊』はないので、アメリカ編集版の『めくらやなぎと眠る女』を手に取っています。
そこで、1回目は不思議な対象、社会的に見えない存在としての“氷男”そのものに焦点を当てましたが、2回目はその特徴について少し掘り下げてみることにしました。
学習者から「氷男」はいきなり大人になったようだという感想がありました。とても面白い指摘です。主人公の“私”のことは遠い昔の話まで知っているとあるのに、「氷男」自身は過去を持たないという。想像を拡げれば、“私”の過去を知り得るのは面前にいる人間の記憶を辿る“能力”が「氷男」にはあるからでしょう。氷結している心の奥を溶かして見通す力でしょうか。そして、身体的に深い他者との体験が人の中に記憶を深く刻みつけていくものならば、「氷男」にそれが無いのは、そうした体験を持つことなく絶対的な孤独の内に生きてきたからだとも言えます。皆外出して閑散としているスキー場ホテルのロビーや冷凍倉庫はそうした彼の過去を象徴しているのかもしれません。
他にも「南極」にまつわる様々な感想や意見などが出ましたが、次々に出てくる比喩の数々によって人それぞれに自由な解釈が生まれるところは、この短い小説の大きな魅力だと感じます。まさしく、それが世界中で読まれる理由の一つなのでしょう。
久しぶりにいろいろと読み直していますが、今は手元に『レキシントンの幽霊』はないので、アメリカ編集版の『めくらやなぎと眠る女』を手に取っています。