繰り返されるフードロスへの叫び2025年08月10日 17:29

 自宅の最寄駅大倉山周辺には、住み始めた30数年前から美味しいパン屋が多くあります。もちろん、いくつかの店に消長はありましたが、今も3,4軒が歩いて10分以内の場所に存在します。我が家は朝がパン食なので、食パンのたぐいも買いますが、昼食用にとバーガースタイルのパンを買うことも多いです。
 そのせいもあって、いわゆるファストフードのバーガーを買うことがほとんどありません。年に数回、駅から少し離れたところにある「モス」を利用するぐらいでしょうか。大倉山駅近くにある「マクドナルド」にいたっては、先代の頃に一度行ったかどうかという程度のあいまいな記憶です。かなり早い時期に、あの紙袋から漏れ出す独特な匂いが苦手となり、店に立ち寄ったのは、早朝出勤時に渋谷の公園通り店で安いコーヒーを買った時ぐらいしかもう覚えてはいません。私にとって、“マック”はMacintoshのことであり、McDonald'sはずっと“マクドナルド”でした。
 そのマクドナルドが、この3連休限定で「ハッピーセット」購入時に予定していたポケモンカードの配布を終了するとHPで告知しています。ありていに言えば、おまけを転売する目的で行われた大量購入により初日で予定数に達したということですが、旧Twitterのライムラインには、その結果として大量のフードロスが発生したことが報じられています。
 私が驚くのは、過去にも数え切れないほど同様の案件はあったはずなのに、いまだに何の対策を立てることなく無様な行為の繰り返しを勧める企業の態度です。マクドナルドのハンバーガーは個人的な嗅覚において耐えられないものがあり食しませんが、それ以前に、食品として売ることへの想像力の無さと無責任極まりない態度そのものが、この会社の商品を購買する意欲を失わせます。
 その昔、我が家も初代のポケモンに関心を寄せていたことがあり、なかでも「コダック」への思い入れが強くありました。ムンクの叫びを彷彿とさせる頭痛持ちの怪物は、そのユニークさにおいて斯界に特別な存在感を示していますが、そのモンスターも頭を抱えてあきれるような社会現象がいまだに無くならないことに彼の苦悩が続いていることを思います。

暗雲垂れ込める桜吹雪2025年04月12日 17:09

今週の中頃、鶴見川の土手の桜は満開を過ぎ、風に吹かれて落ちた花びらが遊歩道に模様を作っていました。平日の午後で訪れる人も少なく、桜の方も手持ち無沙汰なのか、雪に見立てるほどの散り具合を見せてくれることはありませんでしたが、一方で、怪しげな風景に出会いました。
 スマホの天気予報では降雨の可能性はなく、日差しも暖かそうなので散歩に出たきたわけですが、比較的近くに大きな黒雲が広がっています。
 このところ、明日にも何か大変なことが起きるというわけでもないのに、少しずつ不穏な空気が社会に蔓延していくのを感じながら、いつもと同じ日常に慣れてしまっている。そのことをあらためて思い起こしました。
 久方の ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ(紀友則;古今和歌集)

Web版年賀状20252025年01月07日 16:50


ひっそりとした年明け2025年01月03日 16:37

 正月恒例の富士遙拝は、元旦に行かなかったせいもあり、あいにくの曇り空だったので日の入りに向けて拝みました。大倉山梅園の梅も一輪も観ることなく、周辺の寒椿だけが寒々しい赤色に染まっていました。この年末年始は記念館のイルミネーションもないようで、丘の上は例年以上にひっそりとしています。

 富士曇り 西日に沈む 梅園に 一輪もなく 寒の入りかな

オーラルヒストリーとしての作文朗読2024年10月07日 16:50

ようやく暑さが峠を越したかと思われる昨今ですが、昨日は用があって横浜港の近くまで足を伸ばしました。前回の横浜市長選挙で争点となった山下埠頭へのIR誘致が中止となった後、再開発計画へ市民の声を届けようとする実行委員会の中に、横浜ボートシアターのメンバーが参加していて、船、正確には「艀(はしけ)」を舞台とする劇団ならではの新しい問題提起が企画されたのです。内容は艀の概要と生活史を辿る講演なのですが、劇団ならではのユニークな試みがありました。
 戦後、高度成長に伴う物流の増加で活躍した横浜港の艀は、急速に数を増して港周辺の川沿いにも多数係留されましたが、徐々に大型のコンテナ船や荷揚げクレーンに置き換わり、今では埠頭周辺の一部に残るだけです。しかし、当時は職住一体となったその空間に多くの水上生活者が存在し、仕事に沿って東京湾を移動した関係で、彼らの子供たちは「水上学校」という寄宿舎付きの学校に通い、週末だけ艀に帰るような暮らしをしていました。その生活の記録が、戦後の一時期に全国へ拡がった綴り方運動のもとで、作文として文集に残っていたのです。
 講演は、運河史研究の河北氏が歴史の概要を述べた後、前述の作文を一次資料として研究している横浜市発展記念館の松本氏が、その背景と個々の作文から読み取れる艀の生活を解説したのですが、その際、文章の紹介は、文字ではなく、横浜ボートシアターの舞台公演にも参加している演者が語ったのです。文集に残る作文は、いずれも“高評価”というフィルターのかかったものではありますが、読み上げられることで、公的文書などには残らない生活の一面を立体的に浮かび上がらせました。一種のオーラルヒストリーの再現とも呼べるような仕掛けです。
 この「艀」講演はシリーズ化が予定されていますが、副題の通り、貨物ならぬ文化を運び、現代を“つなぐ”艀になりそうです。