星の世界のレクイエム2022年12月26日 23:53

不思議な演劇を鑑賞して心が揺さぶられる想いが残りました。クリスマスの午後。東京の亀戸文化センターで開かれた公演は、宮沢賢治が繰り返し書き直した『銀河鉄道の夜』の第三次稿を元にしたレクイエムのような音楽劇です。
 アジアの伝統楽器、語りと歌と人形の声、電子楽器と打楽器、チェロなどによる小さな混成オケが、ピットではなく舞台の背後にずらりと並び、舞台中央にはぽつんと二つの椅子が置かれています。まるで、能の囃子方座と蔓桶のようです。
 最初に、玉川奈々福さんによる口上とあらすじ紹介があって、おもむろに劇は始まります。まるで、ヴィクトリア朝の大衆演劇のようです。舞台両袖から出てきた人形は、主人公ジョバンニとカンパネルラ。車窓の風景を眺めるように同じ方向を向きながら、時々会話するために対面します。人形の操作と声はそれぞれ別の人。文楽のような細かい仕草はありませんが、両手を使って様々に場面を作ります。
 「星めぐりの歌」と『春と修羅』冒頭から始まった序章は、名乗りを促されたジョバンニの独白で始まりました。ケンタウル祭なのに仲間外れのジョバンニの孤独は、いつのまにか丘に聳える尖塔のような風景の中から銀河ステーションに移っていきます。正面の壁にはますむらひろしさんのイラストが映し出され、あたかも幻想の“あはひ”を明示します。
 白鳥の停車場を過ぎて出てくる“鳥を捕る男”とサギのやりとりは、生きとし生けるものへのまなざしに溢れ、車掌の検札にジョバンニが取り出す特別な切符には南無妙法蓮華教の仏性が重なります。そして、それらが呼び寄せたように、豪華客船タイタニック号の被災者が現れるのです。
 氷山との接触によって沈没した船の乗客は白旗の源氏に追われた平知盛の怨霊に引きずり込まれる幻想にも重なりますが、一方で人生の最後を迎えるための慰霊の演奏は、人々が想うクリスマスの原像に触れるような宗教的印象を持ちました。
 休憩明けの第二部は様々な別れの場面です。リンゴの匂いや、利他の“さそり”は死を予感します。被災した子どもたちを始め、サウザンクロスに向かう多くの人たちが列車を降りていきます。そして、「いつまでも一緒に」と約束したはずのカンパネルラもいつのまにか消えてしまうのです。
 残されたジョバンニに黒い帽子の男が語りかけます。「あらゆるひとのいちばんの幸福(さいわい)をさがし、みんなと一緒にそこに行ったときに、またカンパネルラに会える」。その幸福とは何なのかを考えるのが、未完で残した賢治の“問い”だと安田さんはパンフレットに書きました。

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