翻訳という面白さ2017年02月25日 15:51


 名前の印象が強く、様々な機会に聞くことはあるが、実際には行ったことのない所はたくさんある。まして、出不精の人間であれば、余計に多い。神楽坂もその一つだった。江戸情緒を感じさせるその名前は、文人・作家の住居や花街としても有名だが、足を踏み入れたのは初めてのことだ。そのほど近くにある日本出版クラブという場所で、翻訳家金原瑞人氏の講演会があった。

 1月から「gacco」で文化翻訳を受講していたこともあって、Facebookの韓国語BookCafeで紹介された時に関心を持った。有料だったので少し悩んだが、講義内容の紹介にあった「翻訳の核にあるのは異文化の衝突です。その衝突をうまく処理して、新しい発見につなげるのが翻訳家の務め」という言葉に引かれて申し込んだ。

 翻訳書がまもなく500冊に達するという大ベテランで、教える立場にある人だが、とても気さくな雰囲気だった。生業として翻訳にたずさわる人が多いこともあって会場は圧倒的に女性ばかり。「翻訳者は裏切り者?」というキーワードで、複雑・多様な世界の言葉も紹介しながら翻訳という困難で面白い話をいろいろと語ってくれた。

 その中でも“I”をどうするかが難しい。膨大な“I”(ぼく・わたし・おれ・お母さん・パパ・真理子・○○・……)を持つ日本語に置き換えるとき、時代で変わる自称、成長によって消える呼び名、男女どちらにも聞こえる台詞、LGBTなどマイノリティの表現など、時には意識的に読者を裏切ることもあるという。

 スクリーンに浅草雷門の写真が映され、門の上に掲げられた扁額に“金龍山”の文字が見える。右から左に書いた横文字かと思いきや、実は一行一文字の縦書き。幕末から昭和にかけて、近代化の過程で混在・錯綜し揺れ動いた縦書きと横書き。縦書きは今もわずかに日本と台湾に残るが、異文化との衝突と理解から、それを伝達・紹介するための手段として先人が悩んだ歴史がそこに見える。

 ビールと、それに似合うポテトチップが好きだという。南米からヨーロッパに伝わったじゃがいもは、あまり肥沃ではなかったアイルランドで拡がった。その後、立ち枯れによる食料飢饉で難民を生み出し、その多くがアメリカ大陸に渡った。その末裔にはディズニーやケネディがいる(私はマーガレット・ミッチェルを思い出した)。イタリア料理のピーマンは…。東アジアの唐辛子は…。身近な食文化にも遡ることで見える歴史がある。

 キリがないので、紹介はこの辺でやめるが、素晴らしい原作があってこその翻訳であること、身近なものへ投影すること、AI翻訳の可能性など、面白い話が盛りだくさんだった。会場で配られていた無料の小冊子「BOOKMARK」は6冊目で、今回は「ディストピアもの」の紹介が多い。

 さて、明日から何を読もうか。