忘れじや忘れじ2021年12月29日 21:47

望恨歌(その7) 能の始まりは笛の一声ではなく、揚げ幕の裏から聞こえてくる喪輿(サンヨ:棺)ソリの音でした。白装束に仮面を付けた葬列が多くの死者を弔いながら、これから始まる能の先触れを示しているように見えました。
 彼らの退場と入れ替わるように名宣笛で登場したワキの僧は、朝鮮半島“丹月”の邑(むら)を訪ね、手紙を残した亡き李東人(炭鉱で死んだ夫)の妻の住処を村人に尋ねます。“今さら”と驚く村人の詞章には「무엇이라!(ムォッシラ:なんと!)」という韓国語が使われました。
 草庵の主は子供が寄り付くのを追い払うことから「牛の尾の老婆」と呼ばれますが、これは『山椒大夫』の盲いた母を連想させます。手紙を読んだ老婆の詞章にも「아아...이제야 만났네(アア イジェヤ マンナンネ:ああ再び見(まみ)ゆることかな)」とあります。
 月明かりが一段と明るさを増し、物着を付けた老婆は“恨”を舞い、最後は扇を置いて草庵へと去るのですが、その扇をワキが拾って持ち帰ります。その詞章は例の「忘れじや忘れじ」です。