いまもむかしも…2021年10月30日 19:40

伊勢真一監督の新作『いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム』を黄金町の「シネマ ジャック&ベティ」で観てきた。昨日が最終日で上映後には監督からの短い挨拶も聴くことができた。この二年、大倉山ドキュメンタリー映画祭は休止となっており、伊勢さんと会うのも随分久しぶりのことである。
 監督の父伊勢長之助は、戦前インドネシアにおける日本の国策映画製作に従事し、戦後は編集を中心とした多くの文化映画の製作に携わった人である。同じ仕事に就きながら、父子の間には大きな軋轢があったようで、戦前の南洋における映画製作に関わるこのドキュメンタリー映画は、30年という時を経てようやく完成したという。結果として、孫に当たる真一監督の子息も映画制作に参加することとなった。
 映画の折々に差し込まれる真一監督の語りが、次代である子供に向けたメッセージにもなっていて、いわば“家族史”のような作品でもある。しかし、その言葉は複雑だ。一つには、戦前に作られた戦時体制への宣伝映画の多くが、インドネシアの旧宗主国オランダの視聴覚アーカイブに保管されていたことが挙げられる。戦前戦後を通じて生きた日本人の多くが“語らなかったこと”、そして“語ることができなかったこと”の一面を、自国ではない旧敵国が“将来への貴重な記録”として残していた。そのことが、一つの“問い”としてこの映画の基層を貫いているように思う。
 インドネシアの人々を訪ね、その地で働いた“父”という一個人の姿を想い描きながら、“語られるはず”だった言葉のかけらを探して歩くような取材だったのだろう。だからこそ、その題名が「いまはむかし」なのだ。そして、日本人が好きな歌曲「ブンガワン・ソロ」とコーランの響きの間に流れる微かな“相克”が、現地の人々の顔に微妙な陰を残しているようにも見えた。「むかしはいま」と言っているように…。

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