広報以下に堕したニュース記事2023年05月21日 19:31

地元の日本語教室で毎週作文を書いてもらっているベトナム人学習者が、先週、ニュースを題材に直近の社会状況についてコメントした文章を寄せてきました。彼女の作文は、そのニュースで取り上げられた対策が母国で起きた事件を防ぐために有効ではないかと考えたものですが、届いたメールに記事のURLも載っていたので、リンクを追ってみて辿り着いたのがこの記事です。ベトナムは近年モバイル決済が急速に拡がっているようで、若年層人口が多いことからITサービスへの関心も大きく、そうした業界で働く本人も新しいサービスに興味をそそられた様子でした。
 作文については一通り日本語らしい表現への添削を施して、いつものように“例”の一つとして示しましたが、元になった記事を読んでいてひっかかるところがいくつもありました。
 まず、「子供の行方不明」というタイトルと夜道を歩くような黒地のイラストが不安を煽っているように見えます。冒頭の「年間1000人以上。」という体言止めの一文もそれに拍車をかけています。警察に行方不明として届けられた子供(9歳以下)の人数ですが、直後の小見出しに毎年1000人以上と強調されています。そこで掲載された図を見ると、2017(平成29)年からの5年間はほぼ横ばいです。その後コロナ禍の影響がどのように出たかは示されていませんので、この期間に限っての状況と理解するしかありませんが、元ネタが警察庁とあるのでWebで検索したところ、昨年6月に警察庁・少年課が発表した資料に行き当たりました。
 それによれば、行方不明者の全体数は2012年から大きな変化は無く、毎年8万人前後が続いています。ただし、その多くは10〜20代の若者と80歳以上の老人に集中しています。ちなみに原因・動機別では疾病や家庭・職業関係が6割弱を占めていました。また、資料の最後にまとめられた年次別の1956年以降の受理状況数で見ると、成人・少年(0〜19歳)別の記録が残っている1966年以降、次のような傾向があることがわかりました。2021年までの55年間の統計で、総数は1981年と2002年前後の二つのピークはあるものの、長期に渡って漸減傾向にあり、それは変わっていません。概数では最初の10年平均が93000人、直近10年が83000人と10000人減っています。また、直近2年は8万人を切っています。同時期の少年の割合は0.44から0.21へ、逆に全体の所在確認率は0.74から0.98と上がっています。つまり子供を含む少年の行方不明は減っており、行方不明後の所在確認も多くなってきたということです。
 もちろん、家族が心配することそのものは、個々の事情があっても大きく変わることはないでしょう。ただ、実態をまとめた報告書を読む限りでは、この5年の傾向だけではつかめないものの、行方不明は減っていることになります。それが、何故このような不安を煽る表現になるのでしょうか。
 それは、記事の次項目以下を読めばわかります。ごく一部の自治体が行っているマイナンバーカードを子供に持たせ、その公的個人認証(ICチップ)を登下校の管理に使おうという施策の導入を紹介するためです。他にも長時間バッテリーの小型端末による「見守り人アプリ」(あの、COCOAを連想させます)の紹介があって、ご丁寧にサービスを行っている民間会社の固有名詞と社長名まで載せてあります。
 また、記事の内容そのものとは別に、次のような言い回しが多数あります。「といいます」「そうですが…」、「としています」「ということです」。裏取りをするようなケースではありませんが、記者自らが調査・確認しようとする姿勢が全く感じられません。大阪府警の「5つの約束」にいたっては府の広報そのものです。
 以上、ミスリードと言えるかは微妙なところですが、このニュースに限らず、記事の品質は目に見えて落ち続けています。昨年、留学生と一緒に読んだ“日経”でも日本語としておかしな表現にいくつも出会いました。ChatGPTに置き換わるのも時間の問題のような気がしています。
 ちなみに学習者の二人には、メディアリテラシーの基本的な考え方として、自分自身で調べられない場合は、できるだけ複数のソースを比べながら地道に信頼できるメディアを探す必要がある時代になっていることを伝えました。私の場合は、東京新聞と「TBS報道特集」、10数人のTwitterフォローと外国通信社の日本記事を頼りにしています。^^;