“みらい”で観る過去?2016年04月01日 17:56

 春の陽気に誘われたわけでもないが、昨日久しぶりに桜木町駅から“みなとみらい”を回って横浜駅まで歩いた。みなとの“みらい”にはまだ未定の領域もたくさんあって、建築工事の仮囲いと、整地された空き地が所々に見られる。横浜は港こそ巨大だが、運河を中心とした水運の歴史を持たなかったせいか、どうも「埋め立て地」を有効利用するノウハウに欠けている気がする。たとえば横浜美術館周辺のグランモール公園なども、横浜駅の日産ビルから続く道に面白い仕掛けがあったならば随分活気が出てくるのではないだろうか。

 もう一つ、これも久しぶりのことだが、シネコンで劇映画を観た。桜木町駅北口のすぐ目の前にある複合施設に入っている「ブルク13」という映画館だ。作品は「僕だけがいない街」。原作はマンガで、既にテレビアニメも制作・放送されたものが実写映画となっている。

 今回シニアになって初めて劇場へ観に行ったのだが、客席はほぼ10~20代の若いカップルや仲間連れで、私のような年代は他に男性一人しかいなかった。時間を遡る一種の“超能力”を持っている漫画家という主人公の設定そのものが、敢えて言えばやや無理筋なところもあって、ごく普通の大人の鑑賞には適さないのかもしれない。私自身も何故この映画を観に行くことにしたのか、正直なところ今もって良く分からないのだ。

 内容について、これ以上はあまり触れない方が良いのだろうが、ミステリー仕立ての筋とは少し外れたことを書きたい。映画の中に“リバイバル”という外来語が出てくるが、時間を遡ると同時に過去の自分自身を現在として生きる状態をその名で呼んでいる。英語の“revival”(復活)から採ったことは間違いないだろうが、私の年代でこの言葉を聞いたら、映画・演劇の再映・再演の意味から切り離すことができず余計な詮索をしてしまう。また“リバイバル”を賦活するものが“違和感”という点も、おそらく現代の若者ならではの共通感覚ではないのかと思う。若い人の言葉や感性が大きく変わっていることが解らないわけではない。ただ、そこに何かざらざらした手触りやヒリヒリした痛みが感じられて少し辛い。しんどいなとも思う。

 実はその昔、「リバースアンドプレイバック」という時間軸を遡るリモコンを手に入れた少女のドラマ作りに関わったことがある。筋立ての妙で一気に見せてしまうような短いドラマだったが、最後は、繰り返し人生をやり直していたら自分を見失ってしまうことに気付いて終わる。このドラマが過去に遡りながらも、視点はあくまで現代だったのに比べると、映画は過去を振り返ることそのものが主軸になっているようだ。「僕だけがいない街」という題名には、今この時も“僕”を思い続けて欲しいという感傷を強く感じる。ただ、こうした違いが、たとえばよく使われる“失われた20年”の前後だからとは思わない。“失われた”という形容が経済成長のみを過信してきた国民感情からくるものだとすれば、その多くはメディアによる無意識の心理操作が原因だ。

 だからこそ、映画も、その後の一歩を描こうとしているのだろう。

司馬遼太郎の憂鬱?2016年04月06日 15:19

 少し前から没後20年ということで司馬遼太郎が様々なメディアで取り上げられている。私もこの国民作家の作品を少しだけ読んでいるが、若かった時と中年に差し掛かる頃、そして今では嗜好もずいぶんと変わった。最初に読んだのはやはりというべきか「龍馬がゆく」である。これは組合の長時間ストライキの待機中に読み始めた。その後「花神」などの幕末物が続いたが、少しずつ武士から離れていき「菜の花の沖」や「俄 浪華遊侠伝」など商人や侠客を主人公にした物語に移った。近いところでは「空海の風景」にも手を出した。この先、機会があれば「韃靼疾風録」も読んで見たい。

 そうしたなか、たとえば「故郷忘じがたく候」ぐらいの短編であればすぐにでも読めるのだが、このところ彼の小説以外の本を読んで思いのほか時間がかかり、図書館で同時に借りた他のものに手を付けられないということがあった。日本文学研究者として名高いドナルド・キーン氏と語り合った「世界のなかの日本」という対談本だ。例によって、たまたま目に入ったものを借りただけなのだが、何かしらその書名に惹かれたところもある。それは、国内の大手マスコミが目を留めないうちに段々と目を向けなくなってしまった現政権の背景に関する情報を、海外クオリティペーパーの日本語ページに求めるようになったせいだろうか。

 実は、そのネットによる情報取得の習慣そのものが、対談本の読書に時間がかかった理由でもあるから、コトはややこしい。つまり、近世から近代にかけての日本、そして当時の知識人が置かれた状況などを、二人の碩学が様々語るのに触れるたび、その例証をネットに求めようとしたからである。圧倒的な歴史の知識不足を無理矢理何とか補おうと喘いでいるようなものだ。おそらく私のような乱読傾向の人間は、こうした対談本をお経のように読まなければならないのかもしれない。

 さてその“お経”の一節に、幕末明治期、漢文で書かれた著作として圧倒的なベストセラーとなった賴山陽の「日本外史」の話が出てくる。朗誦しやすいその漢文の文章は、読者の気分を昂揚させ、後の尊皇攘夷から国家神道に繋がる思想の精神基盤を作った。その影響は、たとえば戦後作られた小津安二郎の映画の中に、登場人物が戦争中を偲んで詩吟を歌うシーンが出てくるのを見ても、国民全体へ広範に伝わったものだとわかる。それは同時に、“天皇”の名を借りて威張り散らす巷の“小人物”をあまた作り出しもし、今も“ヘイトスピーチ”の傲慢さへと真っ直ぐにつながっている。また、現政権の閣僚らが次々と繰り出す妄言を聞くたびに、劣化した社会システムの中でだけ通用する借り物の“国家天下”と、“おエライさん”になりたがる“小人物”の闊歩が増えていることを思う。

 司馬遼太郎もさぞかし嘆いているに違いない。

本当に必要なものへ2016年04月20日 12:13

 熊本地震の被災地へ援助物資を輸送するために米軍のオスプレイが使われたという。

 この軍用機の通称はホバリング飛行を特徴とする“みさご”から来ているのだろうが、普通に飛翔しつつ獲物を見つけたら急降下する生態を模したような設計で、強襲揚陸艦などの甲板にも離着陸しやすいよう短めの固定翼の先に傾けることができる回転翼が付いている。そうした特殊な構造はもちろんだが、民間転用しないということでアメリカ連邦航空局から“耐空証明”の認定を受けていない。要は航空機としての安全性や環境保全の技術基準については埒外にあるということだ。

 そもそも、搭載量も多い自衛隊最新の輸送機を温存してまで米軍のオスプレイを使うことそのものが、現政権の陳腐な思惑を良くあらわしている。他にも様々に拙劣な行政は続いているが、彼らがどこを向いているのかを考えれば自ずから予想されたことではあった。

 本来、災害対策機として設計・開発すれば大規模災害に最も適した航空輸送が可能でなおかつ安全性や環境保全の技術基準にも適合したものが作れるはずなのだ。日本のような自然災害の多い(その被害を倍加する人災もあるが)国土に暮らす人々の税金はそうしたものにこそ投入されなければならない。

 何度も書くけれど、自衛隊は国際災害救助隊になるべきだと思う。それに適した装備を備え、国内はもちろん海外の被災現場でも活躍することで、その評価はこの国が国際社会における「名誉ある地位を占め」ることにつながる。

 先日、14日の最初の地震発生後速やかに災害救助に向かったNPO法人へ寄付を行った。現政権によって無駄に使われる税金を少しでも意味のある使い方に振り替える手段として寄付金控除の対象を選んだのも理由の一つである。

政治参加の一つの方法2016年04月23日 01:15


 私もその一人だが、災害等の被災者に対して何らかのボランティアによる支援行動が起こせない人には、実際に行動を起こしている人たちに向けたカンパもおおいに意味があるものと思っている。

 その際、寄付金控除が受けられるようなNPOなりNGOを選び寄付をしたことで、結果として、およそ1.5倍の寄付金を送ることができたことがある。東日本大震災での実績だ。

 寄付金の多寡や、当年の年間収入、その他各種控除など、個人の条件によってその割合は変わるかもしれないが、あえて確定申告をすることで税金の使われ方にも関心が向くし、結果として、あらかじめ予定していた金額に対して上乗せを検討することが可能になる。

 できるだけ、有効な使われ方を考えることも一つの“政治参加”と言えるのではないかと考えている。

1920年代を描くということ2016年04月30日 19:49


 Facebookを始めてから一度だけ、わずかな間ですが韓国語で投稿を続けたことがあります。一昨年の秋にひょんなことで入手した航空券を使い、独りでソウルと仁川を回った旅行を書いたものです。間違いだらけの恥ずかしい文章だったこともあり、以後韓国語での投稿は封印してしまいました。

 実は、その旅先で訪れた場所のひとつに南山公園山麓のソウルアニメーションセンターがあります。その頃までは、韓国でアニメと云うと“子供向け”のものしかないように聞いていましたが、ちょうどこの旅行の1ヶ月前ぐらいに、横浜で「大切な日の夢(소중한 날의 꿈)」というアニメーション映画を観たのです。とても素晴らしい作品でした。そして、この映画を作った「鉛筆で瞑想(연필로 명상하기)」というアニメスタジオの新作がソウルで公開されると聞きました。そこで、前述のセンター訪問を急遽旅程の中に組み込んで観に行った作品が「そばの花、運のいい日、そして春春(메밀꽃, 운수 줗은 날, 그리고 봄봄)」です。

 スマホを頼りにたどり着いたセンターで初めてチケットを買って観た映画は、台詞が2割程度しかわからないにもかかわらず、とても印象深いものでした。平日だったせいか客席もまばらでしたが、この作品はもっと多くの人に観てもらうべきだし、日本でも是非公開して欲しいと強く思いました。

 それから、約1年半。ようやく日本語訳が付いたものを東京で観る機会が訪れました。毎年定期的に開かれている「花開くコリア・アニメーション」、通称“花コリ”と呼ばれるイベントで二日間各1回の上映が実現したのです。会場は昨年「南営洞1985」を見て以来の渋谷アップリンクでした。

 映画の題名からも分かるとおり3作品によるオムニバス映画ですが、韓国近代文学を代表する三つの短編小説を原作としています。韓国教育放送局EBSとの共同企画で生まれたそうですが、いずれも1920~30年代、つまり日本による植民地時代を背景に描かれた作品です。原作を読んではいないので、どこまで忠実に作られているかはわかりませんが、それぞれの暮らしの中に自分自身のありよう“Identity?”を探し求めているような気がしました。そこには時代への直接的なメッセージはほとんど聞き取れませんが、「奪われた野にも春は来るか」と歌った詩人の想いにもどこかで繋がるものがあるのではないかと思います。夏にはDVDになる予定とのことですし、続編として「夕立(소나기)」と「巫女圖(무녀도)」が制作中のようで楽しみです。