情報の海に埋もれるリテラシー ― 2025年09月23日 17:43
少し前から、Facebookのタイムラインになんの関係もない記事ばかりが繰り返し現れるようになりました。これまでに“友達”リクエストの要請に応えてきた76名のうち、自ら発信する人はごく限られていただけに、それらの記事も様々な情報の海に埋(うず)もれがちになっています。
その昔、パソコン通信の掲示板は広告もなく、限られたメンバー同士の濃密なコミュニケーションが成立していました。しかし、最近のSNSはスーパーマーケットのチラシのような“消費”のための猥雑なメディアに堕していると強く感じます。
そもそも私が惹かれるのは、自分自身の具体的な体験に繋がるものばかりなので、いわゆる「おすすめ」のようなものには全く関心が向きません。「ランキング」などというものにも無頓着です。日本語学習を支援したある留学生から「これは日本で一番ですか」と訊かれる度に閉口していました。
インターネットが一つの公共空間であることはまぎれもない事実ですから、そこで行われる囲い込みも、社会状況をそのまま反映したものになるのでしょうが、プラットフォームとして“利潤”の追求ばかりを求めた結果は、コンテンツの急速な劣化を伴うことになりました。
そうした状況に依存すればするほど、情報受容のリテラシーは堕ちていきます。本来、一律に管理するようなものではありませんが、諸外国や国内の一部地域で、ネットやSNSの利用に、年齢制限などをかけることがいまさらのように検討され始めています。元々同調圧力が強い国柄で、反知性主義も広がり始めたこの国にあって、“デジタルデバイス”は大麻どころかアヘン並みの“麻薬”に化しているようです。
その昔、パソコン通信の掲示板は広告もなく、限られたメンバー同士の濃密なコミュニケーションが成立していました。しかし、最近のSNSはスーパーマーケットのチラシのような“消費”のための猥雑なメディアに堕していると強く感じます。
そもそも私が惹かれるのは、自分自身の具体的な体験に繋がるものばかりなので、いわゆる「おすすめ」のようなものには全く関心が向きません。「ランキング」などというものにも無頓着です。日本語学習を支援したある留学生から「これは日本で一番ですか」と訊かれる度に閉口していました。
インターネットが一つの公共空間であることはまぎれもない事実ですから、そこで行われる囲い込みも、社会状況をそのまま反映したものになるのでしょうが、プラットフォームとして“利潤”の追求ばかりを求めた結果は、コンテンツの急速な劣化を伴うことになりました。
そうした状況に依存すればするほど、情報受容のリテラシーは堕ちていきます。本来、一律に管理するようなものではありませんが、諸外国や国内の一部地域で、ネットやSNSの利用に、年齢制限などをかけることがいまさらのように検討され始めています。元々同調圧力が強い国柄で、反知性主義も広がり始めたこの国にあって、“デジタルデバイス”は大麻どころかアヘン並みの“麻薬”に化しているようです。