川に浮かぶ説経2021年02月17日 18:33

横浜の山手と中華街を隔てる中村川に、その昔一隻の古い木造船が係留されていた。エンジンを外されて動かない船の中に舞台と客席が設えられ、街中の喧噪がかすかに聞こえてくる異界のような不思議な空間が生まれた。横浜ボートシアターという。
 その旗揚げ公演を見たのは、もう40年近く前のことである。作家堀田善衛が議長を務めたAALA文化会議が川崎で開催され、その関連イベントとして行われたテント芝居の演目は、アフリカの作家エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』(晶文社刊)の仮面劇だった。
 翌年、件の船劇場で演じられた第2回公演は説経節「をぐり」を題材にした『小栗判官・照手姫』。その初演時のゲネプロ映像がYoutubeで公開されているという。能楽師安田登さんのTwitterで知った。劇団主宰の遠藤啄郎氏が昨年2月に逝去されて、ちょうど一年。その供養のような公開なのだろうか。当時のテープデッキで記録されたらしく、映像は鮮明さにかけるが台詞ははっきりと聞き取れる。膨大な説経節の語りをふんだんに採り入れ、インドネシアのガムランを劇伴とした2時間を超える仮面劇に仕立てたものだ。映像を観ていて、かすかな記憶が蘇ってくるような一時だった。
 近年、説経祭文の復活を試みている渡部八太夫さんの口演を聴いてきた中にも説経浄瑠璃「小栗」がある。その蘇生譚(“生まれ変わり”)の筋立てや、土車を引きながらの道行きは、舞台となった各地を巡り歩く芸能が、日本人の古代からの霊魂観に支えられてきた歴史を強く感じさせる。昨年来、冥界下りの話と縁が続いているが、これは現実世界があまりに信じられないことばかりの裏返しなのかもしれない。