手で表現する狂言と能2018年10月23日 14:40

 喜多能楽堂へは一年ぶり。前回は能楽師の安田登さん達が主催する天籟能だったが、今年の同公演は日程が合わずに残念ながら行けなかった。その代わりというわけではないのだが、同じく安田さんがワキで出演する“手話能”の公演を見つけ、この日を心待ちにしていた。
 地元での一仕事が終わって肩の荷が下りたところでもあり、心軽やかな気持ちで見所(けんじょ)に座ることができたのは何よりだった。公演の名称は「手話で楽しむ能狂言鑑賞会」というもので、全編手話で行う手話狂言と、舞台袖で手話の同時通訳が行われる能が上演された。「六地蔵」と「船弁慶」という賑やかな演目の組合せだ。
 手話狂言を演じるのは黒柳徹子さんが設立したトット基金が運営する「日本ろう者劇団」のメンバー。「六地蔵」は数多いレパートリーの中でも人気が高く、三宅狂言会の指導により最初に仕上げた作品だという。舞台上の進行に合わせて見所の裏手にある部屋で狂言師が語る台詞が会場に聞こえてくる仕掛けだ。狂言らしい仕草の数々は違和感無く受け取ることができ、台詞と相俟って独特な芸能の一つとさえ言えるようなものだった。
 「船弁慶」は、前シテが静御前、後シテが平知盛(亡霊)という二つの違ったキャラクタを演じ分けることで有名だが、今回はそれぞれ別のシテ方が担当している。実は“手話能”という特殊な公演でもあり、前後通しで舞台に立つワキ方の弁慶と、アイを務める狂言方の船頭が、舞台上で詞章を謡いながら手話を披露するという場面がある。ほとんどの時間は舞台下の二カ所(シテ柱とワキ柱の下)で手話通訳者による同時通訳が行われるが、あらかじめ決められた場面だけプロの能狂言師が手話を交えた芝居を行うのだ。
 能の詞章は古語であるから謡は当然そのままだが、同時に行われる手話は現代語である。つまり発声とは異なる言語を手話で行う。だからその瞬間、演者の手話は言語を内包する新たな表現のようなものになっている。しかも、上演前の解説では役割や設定に応じた手話表現の広がりを表したいという話もあって、それが確かに感じられた。とても貴重な瞬間に立ち会ったような気分になっていた。
 一方で、舞台下の同時通訳者の表現もまた、素晴らしいものであった。演目全体の流れや場面設定を説明するものから、演者の感情を乗せた手話による現代語の詞章は、観ていて心に迫るものがあった。大げさに聞こえるかも知れないが、こうした場に立ち会えたことの幸福感に満たされるような昂揚が生まれた。次回が待ち遠しい。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://amiyaki.asablo.jp/blog/2018/10/23/9019862/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。