大森の『にごりえ』2024年05月18日 13:39

大森に鷲(おおとり)神社があることは知りませんでした。浅草寺の北、吉原の一角にある鷲神社同様に、酉の市の例祭が行われる境内は、ビルに囲まれた一角にこぢんまりと佇んでいます。昨日、この神社の宴会場鷲会館で横浜ボートシアターの「語りの会」が開かれました。
 縁(えん)や所縁(ゆかり)を聞くつもりがすっかり忘れてしまいましたが、この日の演目『にごりえ』の作者樋口一葉といえば、浅草酉の市に近い吉原遊郭にまつわる女性を描いた『たけくらべ』が有名です。『にごりえ』の舞台は一葉一家が次に転居した本郷近くの“銘酒屋”ですが、大森海岸も花街としての賑わいがあった街ですから、“語り”につながる場所と言えなくはありません。
 さて肝心の内容ですが、途中10分の休憩を挟みながら、一葉の『にごりえ』全文を2時間弱の長丁場で語りきるという大変な公演でした。語りはボートシアター主宰の吉岡さん、音楽はギターシンセサイザーの松本さん。故遠藤啄郎氏の演出なのでしょうか、幕開け前から流れた序奏は三味線とシタールとエレキギターを合わせたような不思議な音色に彩られていて、畳敷きに椅子、板床に高座という空間が何やら不思議な場所に変わっていくようでした。
 一葉の文章は、読点で区切られながらも、限りなく流れる酌婦の掛け声から始まります。この最初の“はすっぱ”な台詞がどれだけのリアリティを持つかは、その後に続く“語りの質”そのものを左右すると言っても過言ではないかもしれません。実際に見たわけでもない本郷の客引きの様子が頭に浮かんできます。そして、しばらく目を閉じて耳をすませば、一葉が再現しようとした世間が少しずつ形を結び始めるのです。
 130年近く前の作品ですから、青空文庫にも集録されていて無料で読むことはできますが、今回、“語り”の中ならではこそ印象に残ったと思うところがありました。食べ物の場面です。主人公の“おりき”が来し方を語る中にありました。数え七つの娘の時、渡された端金(はしたがね)で親子にとって大事な米を買いますが、帰りに溝(どぶ)板の氷に滑って落としてしまいます。そして後半、後日に心中の相方となる“源七”の息子へ“おりき”が与えたカステラを、妻“お初”が投げ捨て、それが竹垣を越えて溝(どぶ)に落ちるのです。貧苦の中にあって何より貴重な食べ物の行く末が、何やら深い因縁のように思えてきて、それぞれの様子がとても印象に残りました。
 こども食堂や共同親権など、今の時代にも照応するような“貧しい世間”の闇を、見事に普遍化したような傑作なのだと思います。そういえば私は、一時期に続けて二つの「一葉」に出会ってきました。こまつ座の『頭痛肩こり樋口一葉』を旗揚げ公演で観て、翌年、ドラマ人間模様の『樋口一葉』の映像調整を担当しています。こうして、再び相まみえることができたのも何かの縁かも知れません。