苛政と傷寒に起ち上がった人々2020年04月18日 10:51

いわゆる漢方と呼ばれる東アジアの伝統医学の中に『傷寒論』というものがある。後漢時代の医師張仲景によって編集された。「傷寒」とは急性熱性疾患を広く言い表す言葉だ。この傷寒の流行を一つのきっかけに起きた大規模な住民蜂起を背景とする歴史小説がある。飯嶋和一の『出星前夜』。江戸時代初期の「島原の乱」を舞台に、転封でやってきた大名松倉家の苛政に苦しむ元キリシタン達が時代に翻弄されるように蜂起へと起ち上がった事情と結末を描いている。主人公は「天草四郎」ではなく、島原半島南部、南目(みなみめ)の有家(ありえ)に住む篤農家甚右衛門(後の蜂起勢参謀鬼塚監物)と若衆の一人矢矩鍬之介(後の医師北山寿安)。
 作家は、デビュー三作目の『始祖鳥記』以来、あまり陽は当たらないけれど特異な人物や、歴史的事件の背景に連なる“個人”のありようを題材に、数少ない長編小説を書き下ろしてきたが、この作品も前作から4年後に出ている。時に饒舌とも思われるような繰り返しの描写が、登場人物の“人間”としての造形を読む者に浸透させる。だから、単行本で500頁を超える大作にもなるが、いつも読後は充足感で一杯だ。
 苛政に苦しめられていた人々に“傷寒”というさらなる災禍が訪れる。蜂起が引き金とはいえ、その“信仰”により誅殺された人々と、“いのち”を救う医師の物語は今を考えさせられる。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://amiyaki.asablo.jp/blog/2020/04/18/9333300/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。