それでも日韓交流 ― 2020年02月21日 11:45

外務省の対日理解促進交流プログラムに「JENESYS」(21世紀東アジア青少年大交流計画)がある。毎年アジア各国から大学生を(一部高校生も)招聘し、ホームステイを含む日本各地での市民交流や文化体験によって対日理解を進めるというものである。事業の一部を引き受けている日韓文化交流基金の企画では、訪日スケジュールの中に韓国語を勉強している日本人受講生との交流会もある。以前通っていた語学堂の講師から聞いて、最初の年から4年連続で参加している。今年も韓国から来日した大学生との交流を無事に終えることができた。
釜山の総領事館から選抜・派遣された学生3人と、日本人側3人の計6人のグループで、東京プリンスホテルを出発し、愛宕神社を参拝、NHK放送博物館を見学。愛宕グリーンヒルズで昼食をとった後、最寄りのカフェで話をした。当初は横浜での開催だったのだが、COVID騒ぎの関係で急遽宿泊地が変更され、急いで案内ルートを練り直した結果である。
ホテルがある芝公園は昔の増上寺北方馬場にあたり、北端に「御成門」がある。都営三田線の駅名に残る「御成門」は徳川将軍家が参詣の折に通るところ。つまり「上様のおなり~」である。韓国史劇なら「주상전하 납시오」(ジュサンジョナ ナプシオ)となる。このあたり小さな公園や民家も少し残っているが、急速な再開発が進んでいて、愛宕・虎の門方面には超高層ビル「○○ヒルズ」が林立し始めている。その陰に隠れるように残る愛宕山。自然地形では23区の最高峰。行く道すがら江戸時代の東京湾の地図を見せながら芝浜を歩く。
愛宕神社の参道。すなわち『寛永三馬術 梅花の誉れ』で名高い男坂(別名:出世の階段)を昇る。と言っても男は私一人だが…。手水舎・拝殿・社務所と回り、白猫と池の鯉を観てから将軍梅の前で玉川奈々福さんの一節を聴く(NHK-FM「浪曲十八番」より)。
続いてNHK放送博物館。模擬スタジオで遊んでからドラマと歴史のコーナーを一通り回った。1960年代の居間を模した四畳半には、テレビの他になぜか鮭を咥えた熊の手彫りと“こけし”があって、当時の家族旅行のお土産の定番だったことが思い出された。初めて映像調整に携わった朝ドラ『おしん』や大型国際共同制作のはしり『シルクロード -絲綢之路-』など、80年代の活力ある放送番組に関わった経験が懐かしい。
在宅勤務が多いのか思いの外に人混みが少ない都心の昼はトンカツを食し、某カフェで歓談。交流の記録を残すということでA4の紙1枚にみんなでレイアウト。手作りの名刺も交換し、私だけ一足先に別れて帰宅した。
新型肺炎の感染リスクがゼロとは言えない状況での来日に危惧を覚えながらも、日本人との交流に積極的に参加してくれた韓国の学生諸君には心からの感謝を述べたい。彼女らが日本に留学することがあれば是非支援したいと考えている。
釜山の総領事館から選抜・派遣された学生3人と、日本人側3人の計6人のグループで、東京プリンスホテルを出発し、愛宕神社を参拝、NHK放送博物館を見学。愛宕グリーンヒルズで昼食をとった後、最寄りのカフェで話をした。当初は横浜での開催だったのだが、COVID騒ぎの関係で急遽宿泊地が変更され、急いで案内ルートを練り直した結果である。
ホテルがある芝公園は昔の増上寺北方馬場にあたり、北端に「御成門」がある。都営三田線の駅名に残る「御成門」は徳川将軍家が参詣の折に通るところ。つまり「上様のおなり~」である。韓国史劇なら「주상전하 납시오」(ジュサンジョナ ナプシオ)となる。このあたり小さな公園や民家も少し残っているが、急速な再開発が進んでいて、愛宕・虎の門方面には超高層ビル「○○ヒルズ」が林立し始めている。その陰に隠れるように残る愛宕山。自然地形では23区の最高峰。行く道すがら江戸時代の東京湾の地図を見せながら芝浜を歩く。
愛宕神社の参道。すなわち『寛永三馬術 梅花の誉れ』で名高い男坂(別名:出世の階段)を昇る。と言っても男は私一人だが…。手水舎・拝殿・社務所と回り、白猫と池の鯉を観てから将軍梅の前で玉川奈々福さんの一節を聴く(NHK-FM「浪曲十八番」より)。
続いてNHK放送博物館。模擬スタジオで遊んでからドラマと歴史のコーナーを一通り回った。1960年代の居間を模した四畳半には、テレビの他になぜか鮭を咥えた熊の手彫りと“こけし”があって、当時の家族旅行のお土産の定番だったことが思い出された。初めて映像調整に携わった朝ドラ『おしん』や大型国際共同制作のはしり『シルクロード -絲綢之路-』など、80年代の活力ある放送番組に関わった経験が懐かしい。
在宅勤務が多いのか思いの外に人混みが少ない都心の昼はトンカツを食し、某カフェで歓談。交流の記録を残すということでA4の紙1枚にみんなでレイアウト。手作りの名刺も交換し、私だけ一足先に別れて帰宅した。
新型肺炎の感染リスクがゼロとは言えない状況での来日に危惧を覚えながらも、日本人との交流に積極的に参加してくれた韓国の学生諸君には心からの感謝を述べたい。彼女らが日本に留学することがあれば是非支援したいと考えている。