壁を作るということ2016年11月10日 22:17


 過去の名作映画を選んであらためて劇場上映する「午前十時の映画祭」というイベントがもう7年目になるそうだ。先日、なにげに横浜線の鴨居に近い映画館の上映スケジュールをWebページで調べていたら「続・夕陽のガンマン」という懐かしい名前が目に入って来た。初めは何のことかと思ったが、よく見ると特別料金になっている。実はこの作品が今年の上記イベントのラインナップに入った1本であることを知った。そして同時に、次に上映を予定しているのがロマン・ポランスキーの「戦場のピアニスト」であることも。

 ロマン・ポランスキーといえば優れた脚本を元に数多くの秀作を世に送り出した名監督であり、私もあのシャロン・テートの「吸血鬼」以来、劇場上映やテレビ放映などを通じて彼の作品を何本も観てきた。ところが、評判の高かった「戦場のピアニスト」は未見だった。そして、今日それを初めて観た。

 日本公開当時、私が転勤で住んでいた佐賀市でも上映されたかどうかは知らないが、そもそも、いつ携帯電話で呼び出されても仕方のない仕事に従事していたこともあって、劇場へ行った記憶そのものがない。そして、その後も観ることなく、なんとなく今日まで来てしまったのには、もう一つワケがある。

 この映画が初めて公開された2002年、ユダヤ人国家イスラエルは暫定国境を接するパレスチナのヨルダン川西岸地区に広大な分離壁を作り始めている。サイクス=ピコ協定に始まる英・仏のアラブ分割統治やシオニズム運動に端を発する中東地域でのイスラエル建国以降の泥沼のような戦乱は、パレスチナの地から膨大な難民を生み出した。一方で、“平和”を国是とし同時にアラブの石油資源に頼っていた当時の日本政府の中立的政策もあって、多くの日本人ジャーナリストやボランティアなどがこの地に足を踏み入れ起こっている状況を伝えてくれた。高い“壁”の建設もその一つだ。自爆テロを防ぐという表向きの理由はあったにせよ、イスラエルは暫定自治区に閉じ込めた人々を監視し自由な往来を妨げるためにパレスチナ領内の“入植地”にまで踏み込んで“壁”を作った。

 ところで、「戦場のピアニスト」は良くできた映画だ。ポーランドのラジオ放送で流すショパンのピアノ曲、英仏の参戦に期待する家族たち。しかし、所得制限に始まる進駐ドイツ軍のユダヤ人政策を新聞で読み、いつしかゲットーへの強制移住が現実のものとなる。少しずつ真綿で首を絞められるような管理・抑圧に始まり、差別と武力制圧が横行し、しまいには拘束と収容・大量虐殺へと繋がる様子が丁寧に描かれている。そして、それを最も端的に表したシーンが、生活を一変させるゲットーへの強制移住なのだ。具体的には周りに作られた“壁”である。道路で分断された地域の往復は限られた時間だけドイツによって許される。ひたすら、それを待つ人々。暇なら踊れと命令するドイツ兵。

 ホロコーストを連想させる“ナチ”的なイメージが今も国際問題にすぐさま発展することは、最近あったアイドルグループのコスチューム騒動一つとってみても良くわかる。それならば、なぜワルシャワのゲットーを思い起こさせるような“壁”を、彼らは作るのだろうか。ホロコーストそのもの、あるいはそれを背景として取り上げた劇映画は多い。少し考えただけでも「ソフィーの選択」、「シンドラーのリスト」、「ライフ・イズ・ビューティフル」、「愛を読む人」、「アンナ・ハーレント」。最近公開された「手紙は憶えている」もその一つだ。あまりにも巨大な犯罪行為は繰り返し記憶されねばならない。しかし、パレスチナで行われたことも同様に取り上げられなくてはおかしくないか。ホロコーストは“壁”から始まったのではなかったか。その問題に応えることなしには、今世界中を覆っている憎しみの連鎖のような状況は決して好転しないだろう。

 全くの偶然かも知れないが、こうしたタイミングでリバイバルされた「戦場のピアニスト」を観に行ったら、あのトランプ氏にも一度、虚心坦懐にご覧いただけると良いのになどと考えた。メキシコ国境に“壁”は作らないで欲しい。