存立危機事態というフカシ2025年12月12日 18:07

“存立危機事態”とやらは、安倍内閣が強引に推し進めた“安保”法制の中の概念ですが、当然のことながら、これは日米軍事一体化(実質的には米軍指揮下)への流れに沿っています。従って日米安保という軍事同盟の枠組みが、仮に「イコールパートナー」という希望的観測に基づいて考えられていたとしても、その生殺与奪の権を握るのは、当然アメリカ合衆国です。
 ところが、トランプ政権に代わったアメリカは、台湾有事に積極的な介入はしません。それは、自国のシンクタンクがその場合の敗戦シナリオを繰り返し出していることもありますが、それ以上に、世界への影響力が落ちている現在のアメリカにとっては、最も近い、南北アメリカ大陸に新たな利権を確保することが喫緊の課題だからでしょう。このところのカリブ海での軍事行動を見れば、規模は相当違いますが、本質的にはロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻とたいして変わらないことを行なっているように見えるからです。
 先の米中会談でどのようなことが話し合われたかはわかりませんが、「台湾海峡が中国の海なら、カリブ海はアメリカの海だ」ぐらいのことは両者で確認していてもおかしくはないでしょう。それがトランプのいうディールだと思います。したがって、日本の首相が何を言っても我関せずという立場に揺るぎはないはずです。まぁ、少しぐらいのリップサービスはあるかもしれませんが…。
 あとは、偶発的な衝突が起きないことを望むばかりです。日中の領海近く、無用な緊張を“煽る”ような発言が続いていますが、虎の威はあてになりません。

自壊へと突き進む政治2025年11月15日 17:59

12年前の杞憂がいよいよ現実化してきたような昨今です。週末に「ばけばけ」のテーマソングを聴くたびに、日一日と「世界が悪くなる」。そして「気のせいかそうじゃない」と自覚する繰り返しが続いています。
 「(中国が)戦艦を使って、(台湾海峡への)武力の行使も伴うものであれば(日本の)存立危機事態になり得る」という首相発言は、何重にも無分別な認識から来ていると感じます。“戦艦”という時代錯誤は置くとして、国際的には他国の“国内”事情に“防衛出動”する可能性があると受け止められる答弁は、その昔、山縣有朋が提唱した“利益線”がいつのまにやら“生命線”へと変わっていった満洲と、その後の日本の歴史を彷彿させます。
 国連の“敵国”条項がいまだに残っている状況で、不戦を誓った憲法を持つこの国が、こうした情報を発信したことは、いかに政府が現実世界を見ていないのかを世界に知らしめたことになるでしょう。アメリカ、いやトランプ政権は静観します。ジャパンハンドラーがいなくなったホワイトハウス周辺でも、高市おろしの動きは出てこないはずです。彼らが日本に求めるのは、今や、どれだけ金になるかだけですから…。
 空手形の“経済安保”しかないくせに、自国の優れた技術を冤罪へ貶めるような司法がまかり通る状況は、自壊へ進んだ安倍路線の成れの果てに見えます。

小選挙区制が生んだ政治への無関心2025年10月21日 17:54

村山富市氏が亡くなり、直近の「戦後80年所感」との関連で、あの自社さ政権当時の「戦後50年談話」が再び話題になっていますが、私はあの時代に始まった政治“改革”である「小選挙区制」導入の方がよほど強く印象に残っています。
 死票が多く、民意が十分に掬い取れず、小規模政党が国政から追いやられ、当時は“革新”とも呼ばれた社会民主会派が大きく後退した結果、二大政党路線の流れは、国民の支持を失った左派社会党から中道保守の新進・民主党に移っていきました。自治体の首長が、“革新”系知事から官僚出身者へと移り変わるきっかけにもなったと思います。
 1票の格差がひろがり、国民が政治への関心を失って、排外主義がこの国の自壊を一層進めているのにも関わらず、議員定数の削減という少数意見を持つ人々の政治参加をさらに阻害するような動きがまたぞろ出てきているようです。
 多くのメディアが政局報道に明け暮れている様子に心底嫌気が差していることもあり、終日ひとり静かに、購入したばかりの日本語能力検定N1の受験対策本を読みながら、12月の試験日に向けたレッスンの方法を考えています。

ハンドドリップと保守2025年09月27日 17:45

私は“保守”的な人間なので、気に入ったコトの多くが長く習慣づきます。たとえば毎朝コーヒーを淹れて飲む習慣はかれこれ25年を超えました。珈琲に関心を持ち始めた頃、東京・神奈川近郊の自家焙煎珈琲店を巡る中で、とても上質な酸味を味わうことができたのが、今でも世田谷の千歳船橋にある「堀口珈琲」です。ここで、珈琲抽出講座を受けたのが2000年のこと。以来、我が家の数少ない贅沢として、毎日1~2回、焙煎豆を挽き、ハンドドリップで淹れたコーヒーを飲んでいます(25gで二人分)。
 当初は、興味本位で探し出した手回しのミル(ザッセンハウス製)をもっぱら使っていました。今も営業している天王町の「珈琲問屋」が当時破格の安さで売っていたものです。その後、フレンチプレスから水出しコーヒー器具、エスプレッソ用のマキネッタまで、珈琲の抽出は一通り経験したものの、退職後はもっぱらコーノ式のハンドドリップに落ち着きました。現在は、焙煎機のメーカーとして有名なフジローヤル製の電動ミル『みるっこ』(グラインド臼)を愛用して15年が経ちます。「堀口珈琲」のオリジナルカラーで、当時は3万円代で購入できたはずです。近年の家電のような初期故障もなく、今も安定して快適に挽いてくれます。先日も、挽き臼部分を掃除したら、購入時のような静かなモーターの回転音が響きました。
 ちなみに習慣とは違いますが、成人し選挙権を得てからの半世紀にわたり自民党とその推薦候補に投票したことはただの一度もありません。“保守”という言葉は本来、キックバック等で潤う権益にしか頭にないような政治屋や、差別主義者に使う言葉ではないのです。たとえば、民主主義を勝ち取った隣国の民衆が、繰り返しデモを行っては為政者の振る舞いを正して自由を守ったことにもつながる言葉だと私の頭の中では位置づけています。

戦後80年の私的述懐2025年09月01日 17:37

 まもなく「敗戦」から80年を迎えます。私は天邪鬼(あまのじゃく)な性格で、8月15日前後の特集番組で流れる“玉音”放送の空虚な響きを繰り返し聴かされてきたせいか、随分前から敗戦記念日は降伏文書に署名した9月2日だと考えるようになりました。実際、この調印式の内容は配信され、世界的にはこの日が対日戦争の終結を意味します。
 私が生まれた1955年は「もはや戦後ではない」と記された経済白書発行の前年ですが、物心がつくようになった頃でも戦争の影は所々に残っていました。テレビの『快傑ハリマオ』や漫画の『紫電改のタカ』などはその一例です。
 その後、中学1年時に観覧した「原爆展」と就職後に読んだ『中国の旅』・『民の論理・軍の論理』が大きな衝撃として記憶に残っています。この二つは、後に広島を初めて訪れた時に、呉と岩国を併せて回ってみようと考えた動機になりました。
 テレビ番組を観たのがきっかけで、被爆者の高橋昭博さんとの交流が始まり、広島へは都合4回ほど行っています。いつも、残された者の“責任”を感じる旅でした。それは、昭和天皇が戦争責任について問われ、「言葉のアヤ…文学方面は」と応えた態度と真逆です。
 抑圧的な戦時体制の下で生きた時代の人々にとって、「戦後」は過去から決別するための言葉だったのでしょうが、一方で、アジア各地で現地住民を虐殺し(沖縄も含む)、出征兵士を戦病死と餓死に追い込み、「特攻」で無謀な人命軽視を行ったことに正面から向き合う人はほとんどいませんでした。だからこそ、「過ちは繰返しませぬから」という言葉の、“因ってきたる”歴史的な事実に遡って考えることがほとんどないのでしょう。
 私が日本語の学習を支援するアジア各国の若者たちは、基礎教育の中で「戦前」の大日本帝国が行った蛮行について詳しく聞いています。彼らは何も言いませんが、マグサイサイ賞を受賞したジブリの宮崎駿さんが語ったように、それを私たち日本人が忘れて良いということではありません。本当の「戦後」は、あの時代への痛切な悔悟を通じてアジアの人々と交流する中からしか生まれないと今も思います。