真っ当な言葉を取り戻す映画 ― 2023年06月02日 20:34
世の中から真っ当な言葉が少しずつ削がれていくことに、ある種の畏れを感じていたのかもしれません。先週、まもなく終わると知った県立近代文学館の小津安二郎展を観に行きました。日本の映画監督として今では世界的な名声も得ている小津安二郎の作品は、戦前のサイレントから戦後のカラー映画まで、ローポジションという撮影手法と共に、造形された登場人物の“真っ当”な言葉の遣り取りによって、彼が指向したあるべき日本社会の一面をそのまま切り取ったような独特のリアリズムを創り出しています。
一見何ごとも起きないような市井の片隅から練り上げられた日本人像から、後進の映画監督たちは皆、何らかの影響をそれぞれに受け取りました。彼らは若い時期にそれらを集中的に観たことで、映像で人間を描くという基本的な振る舞いがどのようなものかを学んだはずです。たとえば、生誕110年を記念して作られたDVDブックの解説本記事の中にその経緯は確認できます。私は、そのことを、展覧会に沿った関連本の展示を行っていた文学館脇の資料閲覧室に寄って知りました。
実は、小津安二郎の映画作品とは、まとめて観ることで初めてその意図が分かってくるような作意がところどころに隠れているのではないでしょうか。小津本人がそれを意識して作ったかどうかは良くわかりませんが、彼の作品群は、敢えて言えば“連なる山”のようなものではないかと考えています。同じような場面や台詞が繰り返し出てくる時、それは以前に観た風景、デジャブにも似て、身体の中に少しずつ染みてゆくような効果を観る者に与えます。そして、そのリズムは”ファスト”で観るかぎり絶対に分からないものだと思うのです。
前述のDVDは不明ですが、それ以降、ノイズ除去などで修復されたデジタルリマスターが数多く販売されています。ただ、我が家には彼の生誕100年時にNHK-BSが特集放映した作品群がDVDにダビングして残っていました。多少ノイズはあるものの『生まれてはみたけれど』から『秋刀魚の味』までの17本。それらは、真っ当な言葉を取り戻すのに十二分な量ではないでしょうか。
一見何ごとも起きないような市井の片隅から練り上げられた日本人像から、後進の映画監督たちは皆、何らかの影響をそれぞれに受け取りました。彼らは若い時期にそれらを集中的に観たことで、映像で人間を描くという基本的な振る舞いがどのようなものかを学んだはずです。たとえば、生誕110年を記念して作られたDVDブックの解説本記事の中にその経緯は確認できます。私は、そのことを、展覧会に沿った関連本の展示を行っていた文学館脇の資料閲覧室に寄って知りました。
実は、小津安二郎の映画作品とは、まとめて観ることで初めてその意図が分かってくるような作意がところどころに隠れているのではないでしょうか。小津本人がそれを意識して作ったかどうかは良くわかりませんが、彼の作品群は、敢えて言えば“連なる山”のようなものではないかと考えています。同じような場面や台詞が繰り返し出てくる時、それは以前に観た風景、デジャブにも似て、身体の中に少しずつ染みてゆくような効果を観る者に与えます。そして、そのリズムは”ファスト”で観るかぎり絶対に分からないものだと思うのです。
前述のDVDは不明ですが、それ以降、ノイズ除去などで修復されたデジタルリマスターが数多く販売されています。ただ、我が家には彼の生誕100年時にNHK-BSが特集放映した作品群がDVDにダビングして残っていました。多少ノイズはあるものの『生まれてはみたけれど』から『秋刀魚の味』までの17本。それらは、真っ当な言葉を取り戻すのに十二分な量ではないでしょうか。
失われた往来 ― 2023年06月10日 20:36
社会が危殆に瀕している最中ですが、このところ生誕100年時にDVDへ撮ってあった小津作品を続けざまに観ています。戦前のサイレント(音楽入りの松竹版)『大人の絵本 生まれてはみたけれど』・『東京の女』に始まり、トーキーの『一人息子』・『戸田家の兄妹』、そして戦後の『長屋紳士録』・『晩春』の6本です。
描かれている登場人物の社会階層がそれぞれ異なりますが、いずれも“まっとう”な暮らしであることに間違いはありません。なかでも一番強く感じたのは、近所や知人宅への人の往来がたくさんあったところです。人間のコミュニケーションの基本的な態度がそこには示されていると思います。
まとめて観ると、失ってしまったものの大きさに驚かされます。
描かれている登場人物の社会階層がそれぞれ異なりますが、いずれも“まっとう”な暮らしであることに間違いはありません。なかでも一番強く感じたのは、近所や知人宅への人の往来がたくさんあったところです。人間のコミュニケーションの基本的な態度がそこには示されていると思います。
まとめて観ると、失ってしまったものの大きさに驚かされます。
劣化するメディア報道 ― 2023年06月27日 20:38
今や提灯記事を上手く書く能力さえも失い、ただひたすら広報に堕しているような“ニュース”を未だに多くの日本人が見ているらしい。留学生には“報道”の名に値する地域新聞の記事・コラムなどを示すことも多いが、同時に、世界からこの国がどのように見られているのかを海外の放送・通信社の記事で紹介する場合も増えた。そういう時代にこの国はある。