公人とその死2022年07月10日 22:48

元首相が選挙の応援演説中に背後から迫った元自衛官の兇弾によって倒れた事件から二日後の投票日。真夏日の昼下がりでも投票所は何ごともなかったかのように落ち着いていました。あの日、事件の一報はSNSで知りましたが、そのまま外出したので、安倍氏が亡くなったと知ったのは夜10時頃に帰宅してからのことです。
 その後、ほんの僅かなTwitterフォローから流れてくるツイートを眺め、翌朝の朝刊を読んだ後でも、この事件に関する多くの人の感想が、私自身とは随分違ったもののように思えて、何というか落ち着かない気分でした。それが、今日、投票を済ませて帰ってきてから、ようやく頭の中で少し解きほぐせた気がしたのです。それを書きます。
 一つは、10人しかフォローしていないTwitterのタイムラインに流れてくる情報を始めとして、事件の真相がまだ良く分かっていない段階から今に至るまで、「民主主義」に対する「挑戦」や「破壊」という“政治的”背景を示唆する用語が多く語られていることです。もちろん、銃の所持・使用が厳密に規制されているこの国では、同じ「民主主義」のアメリカ合州国のようには日常的に発砲事件が起きる懸念はありません。安倍氏は元首相ですが、現在も国会議員です。“個人的”な怨恨で殺傷しようと考えた犯人は、彼が公的な場所に出てくる時、かつ、あからさまな反対行動を取らない限りは至近距離にも近づける機会を街頭演説の場に求めたのではないでしょうか。安倍氏が「特定の宗教団体」にどれだけ深くコミットしていたのかは知りませんし、犯人の“思い込み”だったのかもしれませんが、『報道特集』で金平さんが良く使う『殺すな』というメッセージ、つまり「武器」による「暴力」への反対こそが、この事件への一番的確な応答だと私は思います。
 次に、考えたのは、元海上自衛隊の隊員である犯人は、銃器の分解・組み立てはもちろん、武器の製作・改造ができるだけのスキルを持っていたということです。その技術が、たとえ理不尽な仕打ちへの“仕返し”であったとしても実際に使われるケースがありうるのだということを思い知りました。改造銃が映る現場映像を繰り返し流すことで、「武器」による「暴力」へのハードルを下げることへとつながる懸念があります。そして、それは“言論”を“武器”で変えようとした昭和のテロ事件をも思い起こします。次こそは明確な“政治的背景”を持った“暴力”が起きるのでしょうか。
 最後は、故人に対する気持ちです。安倍氏は公人でした。あの、“犬を抱えてソファでくつろぐスマホ映像”以外、彼の私生活がどのようなものかは想像できません。著書を読んだこともなければ、遠目に見たことさえありません。ですから、何か特別な感情が湧くことはありませんでした。ただ、兇弾に倒れたことは悲しいできごとです。それは、彼の国会における“嘘”が結果的に引き起こした近畿財務局元職員の自死に対し、真摯に向き合う機会を永遠に失ってしまったことについてです。赤木氏も公人でした。同じ「公僕」としての仕事への向き合い方を考えたとき、今、私が慰霊の言葉をかけたいのは赤木氏です。あらためて、ご冥福をお祈りします。