自壊を進める排外思想 ― 2025年07月13日 17:23
猛暑と雷雨の翌日、少し気温が下がったので、いくつか重なった用事を済ますために歩いて10分ほどの区役所を訪ねました。その際、隣の公会堂がちょうど期日前投票所になっていたこともあり、ひと足早く、参議院議員選挙の投票を済ませることができました。
今回の選挙では、排外主義を唱える政党を“考え”にも満たない狭小な感覚で支持する人々が急増しており、その様子が多くのメディアで報じられています。「自壊」が進むこの国ならではの極めて素朴な反応とでも言うのでしょうか。
思い出すのは2004年のことです。定期異動で地方の転勤先から東京に戻ってしばらく経った頃、職場で出会う若いディレクターやアルバイトの言葉に何か妙に無定見というか無分別な響きを感じることがありました。それが何か良くわからないままに過ぎていった後、渋谷のとある書店で一冊の本に出会います。内田樹氏が書いた『下流指向』。ひとことで言うと、“学び”と“労働”からの“逃走”を主題にした教育論です。ここで紹介されていた学校や社会の実態が、前述の無定見で無分別な若者を生み出しているのではないかという“疑い”を抱きました。
その後、退職するまでの5年間に、通勤電車内で本を読む人が急速に減り、皆がスマホを見るようになったことも良く覚えています。当初、Youtubeの動画はまだ本格的に普及していませんでしたが、デジタル情報が質量共に離散・細分化していく傾向に拍車がかかったことを強く感じました。さらに、コスパ・タイパの二語に象徴される“経済合理的な情報”の氾濫が、この社会そのものを大きく変容したように思います。メディアリテラシーという言葉が古くさく感じられるほどに、カオスな状況へと巻き込まれた個々人の情報受容は、真偽を確かめる余裕などもないままに、無分別に拡散する匿名行為へと繋がっています。
私は保守的な人間なので、この30年で失われた精神性の劣化に納得がいきませんが、日本人が大事だというなら、“ファースト”などという日本語は決して使わないはずです。古今和歌集の仮名序を残した紀貫之もさぞかし嘆いていることでしょう。
書き忘れていましたが、イラストは金井真紀さんによるものです。
今回の選挙では、排外主義を唱える政党を“考え”にも満たない狭小な感覚で支持する人々が急増しており、その様子が多くのメディアで報じられています。「自壊」が進むこの国ならではの極めて素朴な反応とでも言うのでしょうか。
思い出すのは2004年のことです。定期異動で地方の転勤先から東京に戻ってしばらく経った頃、職場で出会う若いディレクターやアルバイトの言葉に何か妙に無定見というか無分別な響きを感じることがありました。それが何か良くわからないままに過ぎていった後、渋谷のとある書店で一冊の本に出会います。内田樹氏が書いた『下流指向』。ひとことで言うと、“学び”と“労働”からの“逃走”を主題にした教育論です。ここで紹介されていた学校や社会の実態が、前述の無定見で無分別な若者を生み出しているのではないかという“疑い”を抱きました。
その後、退職するまでの5年間に、通勤電車内で本を読む人が急速に減り、皆がスマホを見るようになったことも良く覚えています。当初、Youtubeの動画はまだ本格的に普及していませんでしたが、デジタル情報が質量共に離散・細分化していく傾向に拍車がかかったことを強く感じました。さらに、コスパ・タイパの二語に象徴される“経済合理的な情報”の氾濫が、この社会そのものを大きく変容したように思います。メディアリテラシーという言葉が古くさく感じられるほどに、カオスな状況へと巻き込まれた個々人の情報受容は、真偽を確かめる余裕などもないままに、無分別に拡散する匿名行為へと繋がっています。
私は保守的な人間なので、この30年で失われた精神性の劣化に納得がいきませんが、日本人が大事だというなら、“ファースト”などという日本語は決して使わないはずです。古今和歌集の仮名序を残した紀貫之もさぞかし嘆いていることでしょう。
書き忘れていましたが、イラストは金井真紀さんによるものです。
無分別の府 ― 2025年07月24日 17:25
おそらく2025年という年が、この国の歴史の分岐点になることは間違いないでしょう。「良識の府」は「無分別の府」となって語り伝えられることになるはずです。戦後の平和論の中で一番欠落していたものが今になってはっきり分かったような気がします。それは、自らが戦争遂行の一助として関わったことについての徹底的な無責任です。天災のように戦争被災ばかりが語られ、数少ない例外を除けば、本土外の戦地で行われた軍の蛮行に触れられることはほとんどありません。それは、語りたくない本人の心情以上に、それを公にしないでおこうとする大衆社会が黙らせたからです。
戦後まもなく結成された自由映画人連盟による戦争責任の指摘と追放の主張に対し、会員であった伊丹万作が記した「戦争責任者の問題」は、立場を超えた一個人がどのようにあの戦争に関わってきたかを顧みて自省するものでした。そこには、次のような文章が綴られています。「少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、(中略)あるいは小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということは、いったい何を意味するのであろうか」。先の戦争は、膨大な無責任の果てに終わったということでしょう。
平均的な日本人より格段に美しい日本語を話す外国人に、そろそろ帰国したほうが良いと言わなければならないような社会がまた一歩近づいたような心持ちです。
戦後まもなく結成された自由映画人連盟による戦争責任の指摘と追放の主張に対し、会員であった伊丹万作が記した「戦争責任者の問題」は、立場を超えた一個人がどのようにあの戦争に関わってきたかを顧みて自省するものでした。そこには、次のような文章が綴られています。「少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、(中略)あるいは小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということは、いったい何を意味するのであろうか」。先の戦争は、膨大な無責任の果てに終わったということでしょう。
平均的な日本人より格段に美しい日本語を話す外国人に、そろそろ帰国したほうが良いと言わなければならないような社会がまた一歩近づいたような心持ちです。