手練れの脚本家の死2025年06月25日 17:21

浪曲三味線の沢村豊子師匠が亡くなった少し前、脚本家のジェームス三木氏が亡くなっている。新聞報道では、代表作として、今“アンコール”放送が放映されている大河ドラマ『独眼竜政宗』などが挙げられていたが、当時40%近い高視聴率をたたき出した番組であれば、それもむべなるかなという感想しかない。ただ、個人的にはこの“名職人”の脚本家にふさわしい作品は『父の詫び状』を置いて他にはないのではと考えている。
 もちろん、これは“天才”的な脚本家向田邦子のエッセイ集が元になったものである。飛行機事故で急逝した作家の代表作をドラマ化したいという要望が多くある中で、遺族が望んだのは、ドラマ人間模様『あ・うん』を演出したNHKの深町幸男氏による映像化だったという。
 そもそも、『父の詫び状』のドラマ化はずっと遡って企画されていたのだが、家族の内情をあからさまに描いたエッセイを題材にすることに当初は難色があったからこそ、その代替案として浮かんだのが『あ・うん』なのだ。戦時景気で羽振りの良い実業家社長と、しがない勤め人、そしてその妻をめぐり、家父長制家族の“昭和的”日常生活を淡々と描いた同作は他に比類の無い作品の一つになった。戦後編も続く予定だった本作は作家の横死で頓挫したが、五年後にスペシャルドラマとして復活する。それが『父の詫び状』なのである。
 エッセイ集とはいえ、同じ脚本家のエッセイをドラマ脚本に仕立て直す苦労は、その心持ちを含めて大変だったはずだが、四季を巡る一家のリアル(戦争の影はあまり出てこないが…)を描き出すことに三木氏は成功した。それは、向田邦子が生きていたなら必ず作られたはずの『あ・うん』第3シリーズの代わりとして実った。
 二人の娘に“恭順”(恭子・順子)と名付ける父親(“征”一郎)の、家族と上司に対する豹変ぶりは、今なら差し詰め匿名でヘイトスピーチを垂れ流すミソジニーの中年オヤジだろうが、果たして彼らに「詫び状」を書く日は訪れるのだろうか。そして、澪標(『みおつくし』)にも頼れない荒波の動乱期を迎えるこの国で、いつまでそうした放言が続くのだろうか。
 味わいもなく、早送りに筋を追うことで十分とも言えるようなドラマが横溢する時代に、三木氏はどのような感懐を抱いていたのか。また一人、カタリの手練れが失われた思いである。