旅する語りの系譜 ― 2025年06月23日 17:18
長時間の外出が難しくなってしまい、様々な伝統芸能のイベントに行けない状態です。3月に初めて伺った経堂「さばのゆ」の吉坊一人会を最後に公演の鑑賞が途絶えています。
ドキュメンタリーを含む映画も、3月末にJ&Bで観た『君への挽歌』以来、久しく行っていないので、いよいよネットの“VOD”を契約しようかと悩んでいるところでもあります。
その一方で、積ん読本を整理し、段ボール4箱ほどを古書店に引き取ってもらいながら、少し前の鑑賞資料やら関連本を拾い読みしていているうちに、“うた”に関する様々な興味がつながっていくことに面白さを感じていました。
そんな折、旧Twitterに流れてきた短い訃報で、あの沢村豊子師匠がお亡くなりになったと知りました。浪曲三味線の第一人者で、長い芸歴と豊かな超絶技巧を併せ持った斯界の“宝”のような人です。私が最初にその“音”を聴いたのは、まだ荏原中延にあったころの「隣町珈琲」でした。9年前のことです。『陸奥間違い』と『豊子と奈々福の浪花節更紗』の新旧二席を小さな会場の目と鼻の先で堪能しました。
その前年、姜信子さんの福島の旅の報告で奈々福さんの語りは聴いていましたが、浪曲はこの時が初めてで、それまで抱いていた濁声の虎造節のイメージがすっかり払拭されたことを記憶しています。
以来、様々な場で二人の公演を聴いてきましたが、同時にそれは、その周りに連なる人々の「語り・カタリ」を聴くことにも繋がりました。今回、豊子師匠の訃報に関連したリポストの中に、奈々福さんが2018年にブログで書いた「沢村豊子一代記」の紹介があり、その記事の最後には姜さんの著書『現代説経集』がリンクされています。その中に記載されているパンソリの唄者である安聖民さんとの「かもめ組」も亀戸で聴きましたが、豊子師匠がずっと持ち続けていた“キムさん”への心残りがひときわ印象に残ります。後に観ることになる多田富雄の新作能『望恨歌』へも重なりました。
豊子師匠は「旅するカタリ」の系譜なき歴史に連なる象徴的な人でもあったことを、今さらながら強く意識する思いです。ご冥福をお祈りします。
ドキュメンタリーを含む映画も、3月末にJ&Bで観た『君への挽歌』以来、久しく行っていないので、いよいよネットの“VOD”を契約しようかと悩んでいるところでもあります。
その一方で、積ん読本を整理し、段ボール4箱ほどを古書店に引き取ってもらいながら、少し前の鑑賞資料やら関連本を拾い読みしていているうちに、“うた”に関する様々な興味がつながっていくことに面白さを感じていました。
そんな折、旧Twitterに流れてきた短い訃報で、あの沢村豊子師匠がお亡くなりになったと知りました。浪曲三味線の第一人者で、長い芸歴と豊かな超絶技巧を併せ持った斯界の“宝”のような人です。私が最初にその“音”を聴いたのは、まだ荏原中延にあったころの「隣町珈琲」でした。9年前のことです。『陸奥間違い』と『豊子と奈々福の浪花節更紗』の新旧二席を小さな会場の目と鼻の先で堪能しました。
その前年、姜信子さんの福島の旅の報告で奈々福さんの語りは聴いていましたが、浪曲はこの時が初めてで、それまで抱いていた濁声の虎造節のイメージがすっかり払拭されたことを記憶しています。
以来、様々な場で二人の公演を聴いてきましたが、同時にそれは、その周りに連なる人々の「語り・カタリ」を聴くことにも繋がりました。今回、豊子師匠の訃報に関連したリポストの中に、奈々福さんが2018年にブログで書いた「沢村豊子一代記」の紹介があり、その記事の最後には姜さんの著書『現代説経集』がリンクされています。その中に記載されているパンソリの唄者である安聖民さんとの「かもめ組」も亀戸で聴きましたが、豊子師匠がずっと持ち続けていた“キムさん”への心残りがひときわ印象に残ります。後に観ることになる多田富雄の新作能『望恨歌』へも重なりました。
豊子師匠は「旅するカタリ」の系譜なき歴史に連なる象徴的な人でもあったことを、今さらながら強く意識する思いです。ご冥福をお祈りします。