仮設の映画館で聴くベンガルの歌2020年05月30日 11:35

新型コロナの影響で休館を余儀なくされている街の映画館を、経済的に支える一助として起ち上げられた「仮設の映画館」という仕組みがある。ドキュメンタリー映画の配給などを行っている「東風」と映画監督想田和宏氏が相談して始まったインターネットの配給プラットフォームである。鑑賞する映画の上映を予定していたミニシアターを観客が選び、Web上で電子決済すると24時間の視聴ができるようになる。
 私は非常に保守的な人間なので、今までインターネット上の映像コンテンツに視聴料を払って観たことはない。過去にWowowへ加入していた一時期があるが、光ケーブル(マンションタイプ)を契約してからもインターネット上の有料コンテンツにはどうしても食指が動かなかった。寄附やカンパ・お賽銭など、視聴する対価として払うものでなければ、ごく自然に行っているにも関わらずである。顔も見たくないお笑いタレントが宣伝しているのも理由の一つだ。その昔、パソコン通信時代のシェアウェアにはずいぶんとお世話になったはずなのだが、今のネット上で課金される構造そのものに、なかなか馴染めないのかも知れない。
 さて、肝心の作品だが『タゴール・ソングス』である。インドの詩人ラビンドラナート・タゴールの二千曲を超える膨大な“歌”は、インドとバングラデシュの国境を跨いでベンガル人を中心に広く愛唱されている。階級社会である両国では唄う人々の環境もまた様々であるが、それぞれに合った形で受容されている様子が良くわかる。伝統的なリズムで口伝する時は“詩”のように詠われ、人々が三々五々に集まる場ではフォークソング、政治的な主張を込めるラップにもその“詞”は乗る。さらに、国歌の歌詞にもなれば吟遊詩人の言葉にもなっている。
 ベンガル語はもちろんわからないし、日本語訳だけでは推測するしかないのだが、タゴールの歌はおそらく彼自身の多様な人生の瞬間瞬間に“生まれた言葉”の連なりではないのだろうか。推敲されたものというよりインド音楽の即興に近いように思える。だから、水のように様々に形を変え近代社会で歌い継がれてきたのではないか。
 映画ではコルカタの女子大生の取材が多かった。監督と近い世代ということもあったのかもしれないが、彼女にとってのタゴール像がやや中途半端なままで、全体にまとまりに欠けるところがあって残念だ。個人的にはインドの伝統楽器カマックを提げて唄うバウルが一番印象に残っている。配信は6月12日(金)までの予定。

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