かみ合わない会話が続く社会2020年11月16日 14:58

先に触れたドラマを観ていた時、その少し前に録画視聴していた別のドラマを思い出していた。『赤い月青い太陽』という児童虐待をテーマにした作品である。その中にも、詩が出てきた。韓国の映画やドラマに特有な街中の様々な場所に掲げられているものではなく、子供を虐待した大人を標的とする犯人が、その犯行後に残すメッセージである。いくつも出てくるが、その中の代表的なものが、徐廷柱(ソ・ジョンジュ)の「문둥이(ハンセン病患者)」だった。
해와 하늘 빛이 문둥이는 서러워 陽が輝く空が ハンセン病者は悲しい
보리밭에 달 뜨면 애기 하나 먹고 麦畑に月が登ると 赤子を一人食べ
꽃처럼 붉은 울음을 밤새 울었다. 花びらの赤い涙を 夜どおし落とした(拙訳)
親日派とされる詩人の戦前の作品であるが、ドラマの主題と関連して取り上げられるほど、人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)しているのか、その辺りの事情は全くわからない。ただ、重くのしかかるような表現が被害者への哀れみを強く訴えるものになっている。
“本質は何も変わっていない”という点で、ドラマ制作者が感じている共通認識は、社会が閉塞・分断している時代状況と重なってみえる。私の想像は、サリンジャーの生き方と並行してエミリー・ディキンソン、ポール・サイモン(S&G)というアメリカのティーンエイジャーが傾倒した“個”の詩人の系譜の延長線上にも広がる。「宙ぶらりんの会話」のように、そこにはコロナ禍でより鮮明になった多くのものがあり、たとえば、ルイーズ・グリュックがアカデミー文学賞を受賞した理由もその一つである。

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