エールに頼らない自分のみつけかた2020年10月26日 14:39

2ヶ月ほど前に東京新聞の書評欄で見かけた梨木香歩の『ほんとうのリーダーのみつけかた』(岩波書店)という本を、カミさんが図書館から借りてきた。続けて、その講演録が出版されるきっかけとなった『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(理論社、後に岩波現代文庫)の単行本も借りてきたので、併せて読んでみた。
 “本離れ”が進んでいると言われている現代の青少年を対象に行われた講演録と、元々彼らに向けて書かれただろう物語を、実際の刊行順と逆に読んだわけだが、コロナ禍でより顕在化したこの社会の同調圧力とそこで生きる若者について、先触れのような存在として今この時に読み直されているのかもしれない。その内容や文体からは、それこそ“本読み”にしか届かない可能性もあるのだが、ずっと以前から様々に指摘されてきた問題を異色の作家が明確に示したことで反響を呼んでいるようだ。
 後者の物語の主人公が“コペル”であることとその書名から、それは、戦前に書かれ3年ぐらい前に漫画化されて話題になった吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』のテーマを直接的に継いでいると言える。あのジブリの宮崎駿監督の新作の構想も一部はそこから派生した。「戦時中」という“異様な状況”での経験が、実は現代に地続きであることを、こうの史代は『この世界の片隅で』で証明したが、その細かなディテールが描き出した世界は、いわゆる戦争ドキュメンタリーがわしづかみで表現する勇ましいものではなく、日常に“ひたひた”と迫る同調圧力の連続の中にどう生きたかである。
 こうした問題意識が拡がりを見せているのは、大きなメディアを含め、自由な言論がこの社会で閉塞していることとも繋がる。怖ろしいほどの政治への無関心は、いずれ“個”として生きることを考えざるを得ない社会を招来するだろう。あたかも、その時になってからではもう遅いという危機感そのものが好んで情報消費されているようなアイロニーさえ感じてしまう。
 それは、国民への“エール”が、『若鷲の歌』から『長崎の鐘』に変わったように、時代に応じてこの先また生まれ変わるだろう予感への序奏でもある。

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