吹き流れる風のような本2020年10月21日 14:36

以前この欄に書いたことがある『バウルを探して』の著者、川内有緒さんのトークイベントが妙蓮寺の「本屋・生活綴方」で開かれたので参加した。こうしたトークイベントへの参加は約8ヶ月ぶりのこと。だいぶ早めに着いてしまい、しばし本の購買欲と戦うはめになった。
冒頭、『バウル…』の版元三輪舎の中岡さんが趣旨説明を文章で読み上げた。その中にこうある。「文脈に絶対に回収されない、いきいきとした「無駄」を愛していると思った」。そもそも、川内さんは国際協力の現場で12年間働いていたが、その仕事の周縁にあったパリという街を描く初期の著作や、出張先での少数民族との出会いを記した紀行文などに、先の見えない未来に対するある種の渇望があったようだ。そして、そこから生まれた衝動が、旧知のカメラマン中川彰さんとの共感を経て、彼らをバングラデシュに旅発たせる。それが「物書き」として生きる出発点でもあった。
しかし、『バウル…』の初版5千部は半年で半分しか売れず、新田次郎文学賞の受賞を経ても、さらには文庫にまでなったものの、版元の増刷見込みもないままに忘れ去られそうだったという。その間、作家としての川内さん自身は、中国の現代美術家蔡国強と30年に渡る交情で結ばれた福島県いわき市の経営者志賀忠重を描く『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞に輝くなど、ドキュメンタリーを書き続け書き手としての確かな道を歩んできたにも関わらずである。もちろん、ドキュメンタリーそのものが、多数の読者を得ること稀なジャンルであることも、その一因であるのだろう。
そんな時に、装丁家矢萩多聞さんを通じて三輪舎が改版を引き受けることになる。もちろん、ただ版を新たにしただけでなく、『バウル…』はここから始まったような“完全版”ができたのは既報の通りである。会場には中川さんの写真が壁一面に飾られていた。
読む人を自由にさせるような、川内さんの“語り”の文体に惹かれる人も多いのだが、ドキュメンタリーに対する出版界全体での需要は依然として多くない。たとえば、大きな書店でも一番奥の片隅に並べられている様子がその実態を現している。書くことで生活することは生半可ではないが、現実にワクワクすることが少ないからこそ、良く分からないモノへの好奇心を糧に読者へ届けたいと考えているそうだ。
そして、孤独な作家を支えているのは、同じように表現する友達への尊敬だったり、儲けるより作ることが好きな人たちが周りに存在しているからなのだ。そこには、自由に吹き流れる風のようなものを感じた。だから著書へのサインには「Bon Voyage(よい旅を)」と書く。