言葉を取り戻す受刑者2020年06月14日 11:41

緊急事態宣言が解除され横浜の映画館も6月から再開されたが、当初劇場へ観に行く予定で見逃してしまっていた作品があった。受刑者の社会復帰を目指す教育施設を取材したドキュメンタリー『プリズン・サークル』である。一度行ったことがある吉祥寺アップリンクでは上映していたようだが、どうしようか二の足を踏んでいるうちに終わってしまい、昨夕、例の「仮設の映画館」で鑑賞することにした。他のネット配信を利用したことがないのでそのあたりの事情はよくわからないのだが、わずかながらの“寄金”の意味合いを含む通常料金を払い込んで24時間の視聴が可能になる。つまり余裕があれば繰り返し数回を観ることができる。先の「タゴールソングス」に続いて今回も2度鑑賞した。
 映画の舞台は島根県浜田市にある社会復帰促進センター。初犯あるいは刑期が軽い服役中の囚人を対象にした更正施設である。TC(セラピューティック・コミュニティ)と呼ばれる共同体による相互の影響・学習によって人間的成長を促す“訓練”の場を提供している。監督は坂上香さん。アメリカの刑務所を対象にした作品もあるが、今回の取材は許可されるまで6年かかったという。個人インタビューが許された4人の若い受刑者を中心に、40人前後がひとまとまり(ユニット)になって受講するTCプログラムが紹介された。ここしばらくは、報道でも犯罪被害者への支援の取り組みが拡がっている印象があったせいか、加害者側の問題に触れた作品は記憶にない。
 受講といっても講義形式ではなくて、いわゆるアクティブラーニングのような「対話」形式のカリキュラムが多い。一種の心理教育とも言える。“傍観者”を題材に共同で作る物語、感情やトラウマへの意識の賦活、暴力と侵害の分析、ロールプレイングによる被害者(役)との対話など、すべてがワークショップのようだ。TCの運営は「支援員」と呼ばれる民間の専門家に委託されているが、2年の期間後半には受刑者が“カリキュラム”係となることもある。何より“再犯防止”という目的の為に、受刑者が自らを省みる“機会”と“時間”を多く作ることに意が注がれている。この試みは全国の受刑者のわずか0.1%にしか行われていないが、見るからに先進的で手厚いプログラムだ。出所後の交流や再犯率の低下などで具体的な成果を挙げている様子がわかる。
 一方で、この実験的ともいえるプログラムが「刑務所」の中で行われているということに驚く。年若い受刑者が他者との関係で自らの“言葉”を少しずつ取り戻していく過程は、本来なら“再犯防止”以上に“防犯”につながる児童教育の中で行われて然るべきものだからだ。もちろん、私が知らないだけで、そうした取り組みが行われているところもあるのだろう。見えない経済格差と、強い同調圧力により生き難いこの日本社会で、“機会”と“時間”をかけて人間関係を再構築していくための精神療法は、今後様々なところで必要とされるものではないのか。ハラスメントを自覚すること少ない多くの日本人こそ受けなければならないレッスンのように見えてしまった。
 映画には「子ども時代の記憶」としてアニメーションが流れる。砂絵で表現された映像は、脳内に再現されたもののように、観ている間もなく消されてしまう頼りない記憶を現しながら、同時に消してしまいたい過去を思い起こしているようにみえる。「birth」シリーズの監督若見ありささんの手によるものである。
 最後にひとつだけ気に掛かったことを書く。受刑者は確かに自分の“言葉”を取り戻すきっかけを得た。しかし、その先にある被害者へ寄せる“言葉”を得るまでには至っていない。それは、私たちの社会が彼らにそれを促すだけの“機会”と“時間”、そして“場(サークル)”をまだ持てずにいることとつながっている。