海女たちのスムビソリ2020年05月20日 11:25

韓国の詩人ホ・ヨンソン『海女たち』(新泉社)の第一部を読み終えた。冒頭の“詩人の言葉”を読みながら、常々考えていたことを想い出す。同じ詩の言葉でも韓国語は歌に近い。音節がリズムを刻む。
 それにしても不思議な本だ。まず、十の質問からなる著者へのインタビューがあり、日本の読者への著者の言葉が続く。書名になった「海女たち」という序詩が掲げられ、第一部「海女伝」は訳者の解説から始まる。一見まとまりのないような構成は、おそらく、この本が日本語訳されるまでの時系列に沿いながら、初めて本書に接する日本人読者への架け橋となることを意図しているようにみえる。
 1932年、植民地下の済州島で行われた収奪に抵抗して海女たちは組織を作り繰り返し蜂起したそうだ。解説によれば、その際彼女らによって唄われた歌は、中山晋平が作曲し佐藤千夜子が唄って大ヒットした『東京行進曲』にハングルの詩を付けたものだという。その「われらはチェジュド(済州島)の哀れな海女よ」で始まる日本語訳を読んでいて、これは何としても原文(康寛順作詞「해녀의 노래」)を節に乗せてみたいと思った。開放的な銀座の風俗を諷刺した原曲に寄せて、「우리들은 제주도의 가이없는 해녀들:ウリドゥン チェジュドェ カイオムン ヘニョドゥル」(カタカナは“雰囲気”)と彼女らは声を合わせたのだろうか。時代を象徴する歌は様々な様相を見せる。
 その海女たちが、生きてきた証を身体から絞り出したような声が、アンソロジーを編むように並べられている。詩人の言葉は海女ひとりひとりの“歌”に聞こえる。若い世代もわずかにいるが、ほとんど90歳代の元海女たちが語る“声”は、いずれも海の道を息で開いてきた生業(なりわい)の場から生まれたものだ。だから、それを聴き取るために「スムビソリ」(磯笛)を追い掛けてきたと詩人はいう。

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