口伝の世界から見る現実2019年08月30日 17:12

昨晩、銀座線の田原町駅にほど近い小さな書店で行われた催しに参加した。シルクスクリーンによる手製の本作りで名高いインドのタラブックスが出版した少数民族ゴンドの絵師バッジュ・シャームのデビュー作『ロンドン・ジャングルブック』が、このたび日本語版として刊行されたのを機に開かれたトークイベントである。登壇者は、絵師の故郷インド北東部のパタンガル集落を度々訪ねて交流を深め、タラブックスから共著も出した松岡宏大氏と、日本語版を刊行した菊名の出版社「三輪舎」の中岡祐介さんである。
 インドにおいても生活圏から移動することはほとんどない少数民族の一員であるバッジュが、遠戚の伯父から習ったゴンド絵の才能を見込まれて、ある日、列車から飛行機へと乗り換えながらロンドンにあるインドレストランの依頼で内装の壁画を描きに行く。その仕事を終えて帰国後、タラブックスから招かれた芸術家のワークショップにおいて彼の不思議な旅行譚が注目を浴びる。初めて見る列車や飛行機、そしてロンドンの街の経験を、彼独自の視点で印象深く記憶し表現するバッジュの才能を感じたタラブックスのギータ・ヴォルフ氏が、これを本にしようと決意して生まれたのが先述の「ロンドン・ジャングルブック」である。
 会場では、ゴンド族の精神生活から生まれた意匠を元に、試行錯誤しながら様々な象徴を描いていった変遷も紹介された。単なる比喩とも違う、身の回りの風景に野性的なスピリチュアルを感じ取ることができる感覚を持ちながら、同時に、作画に一切手を抜くことなくひたすら完成に向かって進む性格を併せ持つ画家ならではこそ、生まれた作品と言えるだろう。一方、パタンガルの周辺には“コンド”という部族がいて、その“闘い”の踊りはインドとは思えない古代の大陸に共通するようなものだったり、ゴンドの民に口伝で伝わる芸能が尽きせぬ泉のように溢れ出る歌だったりと、彼の地の奥深い文化を知ることができた。

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